清学院不動堂・庫裏・門

最終更新日:2012年12月19日

登録区分
登録有形文化財

説明

 清学院(せいがくいん)は堺環濠都市区域の北端に所在し、元禄2年(1689年)の『堺大絵図』には「山伏清学院」の名で描かれるなど、修験道(しゅげんどう)の寺院としての歴史を持っています。また、江戸後期から明治初期にかけては「清光堂」(せいこうどう)の名で寺子屋としても使われており、北旅籠(はたご)町で生まれ、仏典を求めて日本人で初めてヒマラヤ山脈を越えてチベットに入った河口慧海(かわぐちえかい)(1866年~1945年)もここで学んでいました。
 向かって左側に不動堂、右側に門を構えており、寺院の趣(おもむき)を備えています。不動堂と庫裏(くり)は、間取りとしては一体になっていますが、外観上は不動堂部分のみ切妻屋根を一段高く上げ、独立した建物の様相となっています。
 都市部の極小な敷地内に、不動堂・庫裏・門がコンパクトにまとめられていますが、このような極小地に寺院の構成要素をそろえている点に加えて、歴史的には、江戸時代に都市の内部で営まれていた修験道に関係する施設の内、現存する数少ない建物として貴重であり、堺環濠都市区域で現存する数少ない寺子屋の遺構の一つで、河口慧海に関連する唯一の建物としても重要です。

清学院 外観
清学院 外観

所在地

堺市堺区北旅籠(はたご)町西1丁3-13

建物概要

敷地面積 126平方メートル、木造平屋建 瓦葺、延べ床面積 86平方メートル

登録年月日

平成14年8月21日

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