浜寺東校区
更新日:2019年3月26日
地名のおこりは、昔、神功皇后が朝鮮半島から帰った時、最後の船がこのあたりの海辺についたことから船尾と呼ばれるようになったと言われている。
浜寺船尾会館には四ツ池遺跡の出土品展示がされており、浜寺中学校から浜寺船尾会館周辺は浜寺船尾のまち並みをみる浜寺東校区の見所となっています。
四ツ池遺跡
四ツ池遺跡
太古の住居跡など浜寺中学校を含む広い範囲に大集落があった。弥生時代を中心とする住居跡としては全国有数の大規模集落遺跡として知られている。
諏訪神社遥拝所
諏訪神社遥拝所
社殿は諏訪神社にあったものを明治42年5月に当地に移したもので、現在ご神体は石津太神社の南本殿に祀られている。
薬師堂
薬師堂
堺の偉人、道範阿闍梨は、自分の出身地である船尾に常楽寺を建立したが、明治6年に廃寺となり、船尾の人々によって小堂が建てられた。それも老朽化したため、新しいお堂が現在地に建てられ、道範座像をはじめ七体の仏像が安置されている。
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