河口慧海
更新日:2020年9月30日
慶応2年(1866年)から昭和20年(1945年)
▲写真提供:堺市博物館
仏教の普及に生涯をささげた在家仏教僧
早くから仏教に傾倒した慧海は、当時の翻訳仏典に疑問を感じ、33歳の時に真の仏典を求めてヒマラヤ山脈を越え、当時鎖国中であったチベット入りを果たしました。膨大なチベット語経典や民族資料などを収集しました。
47歳の時に二度目のチベット入りをし、その後、在家仏教僧として、仏教の普及に生涯をささげました。当時の体験をまとめた著書「チベット旅行記」は、学術的価値とともに、探険記としても高い評価を受けています。
▲慧海の著書「チベット旅行記」(堺市博物館蔵)
▲平成14年(2002年)、ネパールで発行された慧海の切手
▲ セラ寺の学堂 大切に掲げられている慧海の写真
▲ 慧海が訪れたチベットのポタラ宮
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