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堺美原郷土研究会から寄贈いただいた資料を展示しています

更新日:2019年4月14日

3月18日月曜日、堺美原郷土研究会に堺市長から感謝状が贈呈されました。

 堺美原郷土研究会から本市に、河内鋳物師(かわちいもじ)に関わる古文書の複製品などの貴重な資料3点をご寄贈いただき、平成31年3月18日(月曜)、堺市長から感謝状が贈られました。
 寄贈資料の1つである複製品の古文書(阿蘇品文書)には、美原区とその周辺に拠点をおき、鎌倉時代を中心に活躍した河内鋳物師にまつわる内容が記されており、河内鋳物師を研究する上で非常に重要な資料です。
 これらの資料は、これまでも特別展などでは何度か紹介してきましたが、このたびのご寄贈により常設展示資料としての活用が可能となり、展示内容がより一層充実することとなりました。
 資料の展示は、平成31年4月6日(土曜)から、堺市立みはら歴史博物館常設展示室の河内鋳物師コーナーにて常時展示いたしております。是非ご覧ください。

寄贈資料について

左方兼東大寺鋳物師惣官中原光氏惣官代職補任下文案 【文永三年(1266)】                                      (阿蘇品文書のうち部分)(複製品)                                                 

 原本は熊本市 阿蘇品保夫氏 所蔵で熊本県立美術館に寄託されています。
 この文書は、肥後(熊本県)阿蘇品家に伝来した左方兼東大寺鋳物師惣官中原光氏下文の案文です。(下文は上位者から下位者に下し与える文書)左方・右方鋳物師の実態を具体的に示してくれる史料です。右方鋳物師として、日置(ひき)(興福寺領日置荘/現・堺市美原区北余部から東区日置荘原寺町・日置荘田中町を中心とする)、金田(現・堺市北区金岡町)・長曽祢(現・堺市中区長曽根町)の鋳物師がみえ、惣官中原光氏の統括に属さない鋳物師を「隠鋳物師」とし、和泉国塩穴(塩穴荘(汐穴))、境(堺)、石津の鋳物師をあげています。いずれも堺市内の地名です。九州の鎮西鋳物師と河内鋳物師である廻船鋳物師、土鋳物師、東大寺鋳物師の関係性がよくわかる重要な史料です。

「河内国鋳物師座法【宝徳三年(1451)】」の写真パネル(真継家文書のうち部分)

 原本は名古屋大学文学部が所蔵しています。
 天皇の即位・御蔵(=蔵人所(くろうどどころ)小舎人(ことねり))の代替りに際して、礼銭を負担することや、座(同業者組織)の構成員を百九人に限定することなどが書かれています。
 宝徳年間(1449~52)に、和泉・河内の鋳鉄鋳物師が関東方面での新規営業者の売買を禁止するように幕府に強く働きかけていた事実が、上杉文書に残されていることから、この時期に、鋳物師たち自身がそれを統制するために座法を作成したということも考えられます。
 鋳物師・真継家それぞれの当主が交代するたびに、鋳物師職許状は書き換えられ、その都度、真継家は鋳物師から礼銭をとりました。鋳物師たちが真継家からこの許状を得るためには、この座法に連署したものの子孫であることが大きな意味をもちました。

このページの作成担当

文化観光局 博物館 学芸課
電話:072-245-6201 ファックス:072-245-6263
〒590-0802 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内 堺市博物館

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