履中天皇陵古墳(ミサンザイ古墳・石津ヶ丘古墳・百舌鳥陵山古墳) 【世界文化遺産 構成資産】

最終更新日:2019年11月14日

よみがな

りちゅうてんのうりょうこふん
(みさんざいこふん・いしづがおかこふん・もずみささぎやまこふん)

所在地

堺市西区石津ヶ丘

履中陵古墳(ミサンザイ古墳・石津ヶ丘古墳・百舌鳥陵山古墳)の写真

石津ヶ丘にある前方部を南に向けた前方後円墳です。
現在は百舌鳥耳原三陵の南陵・履中天皇陵として宮内庁が管理しています。

墳丘の全長約365メートル、後円部径205メートル、高さ約27.6メートル、前方部幅約235メートル、高さ約25.3メートルの規模で、日本で3番目の大きさの巨大前方後円墳です。

墳丘は3段築成で、西側のくびれ部には造出しがあります。

主体部の構造や副葬品などはわかっていませんが、葺石と埴輪があり、一重の盾形周濠と堤がめぐっていますが、平成6年(1994年)に、外側に幅10メートル程の2重目の周濠が見つかっています。

陪塚は、10基以上あったことがわかっています。そのなかの七観山古墳は出土資料などから、仁徳天皇陵古墳(大山古墳)よりも古くに造られたことがわかっています。

江戸時代の記録では、後円部中央に大きなくぼみがあったといわれていることから、すでに盗掘を受けている可能性があります。

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