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法雲寺山門・天王殿・大雄宝殿・開山堂・方丈・鎮守堂

更新日:2015年5月12日

指定区分
堺市指定有形文化財

説明

ツツジの名所で有名な法雲寺 (後の建物は大雄宝殿)ツツジの名所で有名な法雲寺 (後の建物は大雄宝殿)

 法雲寺は、美原区今井に所在する黄檗(おうばく)宗寺院です。創立沿革については詳らかではありませんが、古くは紳福山長安寺と称する七堂伽藍を有する真言宗の巨刹であったと言われています。寛文12年(1672)、慧極道明(えごくどうみょう)が開山となり、延宝元年(1673)に山号を「大寶山(だいほうざん)」と改めました。

 境内南西に山門を構え、曲折して南面する天王殿と北側に建つ大雄宝殿が南北軸を構成します。天王殿西側には鎮守堂が東面し、大雄宝殿東側には耀先殿(ようせんでん)・開山堂が並び立ち、方丈・慧極殿(えごくでん)・鐘楼(しょうろう)・六角堂は西面し、庫裏(くり)は南面して建っています。

山門(さんもん)

 桁行(けたゆき)三間、梁間(はりま)二間、切妻造段違、本瓦葺の門で、正面には山号「大寶山」の扁額(へんがく)を掲げます。屋根は中央間の棟高を一段高くする段違いの棟とし、棟の両端には摩伽羅(まから)を、両脇間は鯱(しゃち)を上げ、軸部では、親柱は黄檗特有の太鼓状の石製礎盤(そばん)を置いて円柱を立てています。法雲寺には数多くの古文書等が伝わり、その中には、各建物の普請(ふしん)の際に大坂奉行所へ提出された口上書控(こうじょうしょひかえ)がありますが、山門の建立年代については、棟札写 並びに口上書控(貞享4年) に載る貞享4年(1687)と判明し、建築には大工大坂七兵衛があたったことも知られます。黄檗特有の建築様式を示す山門としては、本市域のみならず、我が国最古の実例です。

天王殿(てんのうでん)

 桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、桟瓦葺(さんがわらぶき)の基壇上に建つもので、「天王殿」の扁額を掲げます。棟の両端には鯱をあげ、また中央に宝珠を置くなどの黄檗特有の様式がみられます。建築年代は、細部の絵様(えよう)等からも、口上書控(宝永元年) に載る宝永元年(1704)に建築されたものと考えられ、建築にあたっては、松原村の大工安右衛門が関わったことが知られます。黄檗特有の建築様式を用いる江戸時代の天王殿としては、大阪府下唯一の建物です。

大雄宝殿(たいゆうほうでん)

 桁行五間、梁間四間、一重、寄棟造、錣葺(しころぶき)、本瓦葺の建物で、正面に「法雲禅寺」の扁額を掲げます。前面には中国風の月台(げったい)を設け、棟の両端には鯱と中央に宝珠を飾ります。当伽藍では大雄宝殿のみ寄棟造とされていますが、これは古くから中国では寄棟造が最も格式ある屋根形式であることに由来します。建築年代は虹梁(こうりょう)等の細部様式からみて、口上書控(貞享元年) に記される貞享元年(1684)で、作成には山門と同様に大坂石灰町家持庄兵衛があたっています。黄檗特有の建築様式を用いる江戸時代の大雄宝殿としては、大阪府下最古の建物です。

開山堂(かいさんどう)

 基壇上の桁行三間、梁間四間、一重の建物で、背面側に桁行四間、梁間二間の後堂(うしろどう)を付設します。正面に北条氏朝(ほうじょううじとも)による「開山堂」の扁額を掲げ、屋根は入母屋造、本瓦葺です。建築年代は虹梁等の細部様式からみて口上書控(元禄14年) に載る元禄14年(1701)に建築されたと考えられ、作成には大工大坂石灰町家持市良兵衛があたったことがわかります。黄檗特有の細部様式を用いる江戸時代の開山堂としては、大阪府下唯一の建物です。

方丈(ほうじょう)

 桁行五間、梁間四間、屋根は入母屋造、本瓦葺の建物です。建築年代は細部様式などから口上書控(元禄15年) に記載のある元禄15年(1702)と考えられ、境内の伽藍を構成する江戸時代中期の建物として重要です。

鎮守堂(ちんじゅどう)

 弁財天を祀る一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の建物で、覆屋(おおいや)内に位置します。屋根はこけら葺とし、棟を瓦積とします。建築年代は不明ですが、木鼻や絵様などの様式から江戸時代中期の建築とみられます。伽藍を構成する江戸時代中期の建物として重要です。

 以上のように、法雲寺の山門をはじめとする諸建造物は、大雄宝殿と天王殿を軸とした17世紀後期の伽藍配置をよく継承しており、各遺構には黄檗特有の、礎盤・T字形の組物・屋根の摩伽羅などの細部様式や平面形態がみられます。また、大雄宝殿には、中国建築の伝統である月台も残されていて貴重です。本市域では、江戸時代に遡る黄檗建築としては唯一であり、また全国的にも極めて数少ない黄檗建築として大変重要です。

所在地

堺市美原区今井192

所有者

宗教法人 法雲寺

建物の構造と時代

  • 山門 : 桁行三間 梁間二間 一重 切妻造段違 本瓦葺、

       江戸時代 貞享4年(1687)

  • 天王殿 : 桁行三間 梁間二間 一重 入母屋造 桟瓦葺、

         江戸時代 宝永元年(1704)

  • 大雄宝殿 : 桁行五間 梁間四間 一重 寄棟造 錣(しころ)葺 本瓦葺、

          江戸時代 貞享元年(1684)

  • 開山堂 : 桁行三間 梁間四間 一重 入母屋造 本瓦葺 背面祠堂付、

        江戸時代 元禄14年(1701)

  • 方丈 : 桁行五間 梁間四間 一重 入母屋造 本瓦葺、

       江戸時代 元禄15年(1702)

        江戸時代中期 

指定年月日

平成27年3月13日

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文化観光局 歴史遺産活用部 文化財課

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ファクス:072-228-7228

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