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堺をおもえば…沢口靖子さん 堺の記憶

更新日:2016年3月10日

堺をおもえば…

沢口靖子さん

「水練学校、テニスの合宿、マラソン大会。浜寺公園は思い出深いところです」

プロフィール

“奇跡の50代”と言われる女優の沢口靖子さんは、堺では泉陽高校時代から美人と評判で数々の“伝説”が残っている。ご本人はそんなことを知らず、水泳やテニスに励んだことと、2年前に舞台『男嫌い』の大千秋楽を地元で迎えられたことが堺での忘れられない思い出だという。

堺発祥のポートボールと伝統の浜寺水練学校

 沢口さんが最初に住んだのは堺市西区の堀上緑町。平岡幼稚園から堺市立平岡小学校に進んだ。
「3つ上の兄がいたので比較的活発に遊ぶ子でしたね。小学校3、4年生から地域のポートボール部に所属していて、毎週日曜日に練習していました」
“もののはじまりなんでも堺”と言われるが、ポートボールも堺が発祥で、ちょうど沢口さんが小学生だった1970年代に堺市子ども育成協議会の女子指定球技になったのである。
「えっ、そうなんですか!? 昔からあって全国どこででもやっているのだと思ってました(笑)」
 ポートボール以外にも浜寺水練学校に通っていた。
「兄が行っていたので、私も小学校のときに3、4年間、夏休みに浜寺水練学校に通って、クロール、平泳ぎ、背泳ぎまでは泳げるようになりました。1人で電車を乗り継いで、浜寺公園駅から真夏の太陽がジリジリ照りつける松林をプールまで歩く道は遠いなぁと感じましたね。でも、帰りは屋台でアイスクリームを買って食べたり、浜寺公園駅のところで売っているコロッケを食べたり……。このコロッケがすごくおいしかったんですよ」

 高学年になると小学校の陸上部で短距離をやり、そのときの基礎練習のおかげか中学ではリレーの選手に選ばれたという。だが、単なるスポーツ少女ではなかった。
「ピアノは幼稚園から高校を卒業するまで習っていましたし、お習字とそろばんにも通っていました」
 文武両道の充実した小学生時代だったのである。

大鳥大社の初詣、家原寺の大とんど、浅香山のつつじ祭り

和泉国一宮、大鳥大社の鳥居と参道。正月にはここがごった返す

 堀上緑町に住んでいた頃は家族で季節の行事に堺名所を訪れた。

「初詣はいつも大鳥大社。うちの近所だった家原寺(えばらじ)さんの『大とんど』にも毎年のように行って、お習字の練習をした紙とかノートをお焚き上げで燃やしました。5月になると少し遠いですけど浅香山のつつじ もよく見に行きましたね」

日本一のマンモス校・上野芝中から新設校・赤坂台中へ

 平岡小学校を卒業すると、市立上野芝中学校に進学。 
「私が入った年は上野芝中学が日本一のマンモス校だったんです。1学年23クラスありまして、3階建ての校舎を埋め尽くしても足りなくて、中庭にプレハブの校舎を建てたぐらい。だから、入学式のときにNHKの取材が来てニュースで放送されました。運動会も3学年合同ではできずに、1学年ごとにやっていたんですよ」
 中学2年生のときに泉北ニュータウンに引っ越し、市立赤坂台中学校に転校した。

「こちらはニュータウンにできたばかりの学校だったので、すごくアットホームでした。全学年がみんな仲良しみたいな感じ。転校を経験している人ばかりだから、すぐに声をかけてくれて、仲良くなって、転校生の孤独な気持ちにならずに済んでよかったです。上野芝中では体操部でしたけど、赤坂台中にはなかったのでテニス部に入りました」

パンジョでの買い物と塾通い

 あまり遊びに行くこともなかったというが、数少ない遊び場は……。

「泉ヶ丘駅にあるパンジョには友達と買い物に行きました。若い人向けのお店も多かったので楽しかったです」

 だが、すぐに高校受験が迫ってくる。

「セーラー服に憧れて泉陽高校に入りたくて、私の頃は名前が違いましたけど、今の第一ゼミナールという学習塾に入って猛勉強しました」

“追っかけ”もいた泉陽高校時代

 大阪府立泉陽高校に合格するとすぐにすごい美人がいると有名になった。毎朝、堺東駅まで通う電車には彼女目当ての男子高校生がたくさん乗り込み“沢口靖子専用車両”と呼ばれていたという噂もある。

「え~、私は全然知らないです。のほほんと通学してました(笑)。堺東駅から商店街を通らずに、ちょっとした小道を通るルートを歩くのが楽しみでした」
 泉陽高校にファンクラブがあったとか、沢口さん見たさに他校から男子高校生が学校に押し寄せたという“伝説”もある。
「それも、知らないです。冗談みたいなラブレターをもらったことはありますけど。駅で手紙をくれて、開けたら好きになった理由とか自己PRが書いてある履歴書が入っていたんです(笑)。ほんとに普通の高校生活を送っていましたよ」

浜寺公園で合宿、大和川までジョギング。テニス一色の青春時代

 泉陽高校ではソフトテニス部に入部。
「厳しい部活生活でした。試合の前になると朝練もありましたし、お昼休みにも練習があるから3時間目と4時間目の休み時間にお弁当を食べるんです(笑)。雨の日は4階建ての校舎の中を5周ぐらい走ってました」
 かなりの体育会系だったのである。
「お盆前に試合があるから夏休みも毎日練習。浜寺公園に青少年センターというのがあって、そこで合宿もしました。前衛と後衛でコンビを組んでいる2人が2段ベッドの上下で寝るんです。常に相談したりできるように。『夢でもテニスの夢を見ろ!』って言われるぐらい厳しかったです」。浜寺公園には何かと縁がある。

「泉陽高校のマラソン大会もここだったんです。浜寺水練学校にも通っていましたし、子ども会の遠足コースもここでした。浜寺公園は思い出深いところですね」

明治6年(1873)、日本最古の公立公園として開園。作家の山崎豊子も近くに住んでいた

 もう1か所、思い出の場所がある。

「冬は泉陽高校から大和川までジョギングすることがあったんです。大和川に着いたら土手で筋トレとかストレッチをして、普段は厳しい先輩とハンカチ落としをしたりして、また長~い道のりを走って帰って来る。そのコースと大和川の土手も懐かしい場所です」

 部活の帰りに寄り道するところもあった。
「泉陽高校から堺東駅に帰る途中にパン屋さんがあって、よく仲間と50円のアイスクリームを食べていました。試合に勝ったときは自分へのご褒美で100円のを奮発するんです(笑)。その地域ではわりと強いほうでした。インターハイに行くほどではなかったですけど」

大仙公園の図書館で受験勉強

 厳しくも楽しいテニス部も高校3年生の5月に引退。大学受験の準備に入った。
「母方の祖父が書道が得意で、母の姉も書道の先生でした。私も筆で字を書くのが好きだったので書道の道に進んでもいいなと思っていたんです。大学の書道科をめざして、夏休みには友人と受験勉強をしに大仙公園にある市立中央図書館に通っていました。環境がいいんですよ、涼しくて、静かで。お昼は近くの友人の家に行って、テレビの『笑っていいとも!』を見ながらランチを食べるのが楽しみでした(笑)」
 だが、幼なじみの友人が「第1回東宝シンデレラ」に応募し、オーディションに参加した沢口靖子はグランプリを受賞する。それで、大学受験をやめて芸能界入りすることに。

堺市民会館で『男嫌い』の大千秋楽

 デビュー1年後にNHKの連続テレビ小説「澪つくし」で一気に人気が出て以来、トップ女優として活躍し続けているのはご存じの通り。2013年には堺市民会館の舞台も踏んだ。
「『男嫌い』というお芝居の大千秋楽は堺市民会館で、思いもひとしおでした。地元の方たちの前で演じるのは気恥ずかしさもあったんですけれども、開演前に竹山(修身)市長さんが『今日は地元出身の沢口さんの舞台で……』と挨拶をしてくださったのですごく盛り上がって、カーテンコールでは初めて客席の皆さんとキャスト全員で三三七拍子をして幕を降ろしたんです。感動的でした」
 終演後も大変な騒ぎだったという。

「面会に来てくださった方がすごい人数で、楽屋では入り切らないので隣の小ホールでお会いしました。ホテルサンプラザで打ち上げもやっていただいて、忘れられない公演になりました。市民会館は今、建て直し中なんですよね。新しくなってまた舞台に立てたらうれしいです」

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