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堺をおもえば… さいとう・たかをさん 堺の記憶

更新日:2014年12月19日

堺をおもえば…堺名誉大使・堺親善大使の記憶に残る「風景」を歩く

さいとう・たかをさん

「真っ白な紙に絵を描きたくてね。米軍の演習場に入って標的を…(笑)」 取材・文/柴口育子 写真/サコカメラ(人物)、中尾あづさ(堺)

さいとう・たかを 1936年和歌山県生まれ、堺市立福泉小学校・中学校卒。中学卒業後、実家の理髪店で働きながら漫画を描き始め、1955年に『空気男爵』でデビュー。1968年から『ゴルゴ13』の連載を始め、劇画という新ジャンルを確立し、分業制を取り入れるなど漫画界に革新をもたらした。自伝『俺の後ろに立つな』(新潮社)など著作多数。小学館漫画賞を二度受賞、紫綬褒章、旭日小綬章を受章。平成24年から堺名誉大使。

 堺名誉大使を務めてくださっている劇画家のさいとう・たかをさん。連載46周年を迎えた『ゴルゴ13』の主人公、デューク東郷の名は堺市立福泉中学校の担任の先生の名前から取ったというのも有名な話だ。
 ご本人曰く、“とんでもないワル”だった頃の思い出、今も続く小学校の同級生との交流、さいとうさんにとって堺はかけがえのない町だという。

山田温泉をモデルに『幽霊館』を描いた

 さいとうさんは昭和11年(1936)に和歌山県で生まれ、小学校1年の2学期に堺市福泉(現在の堺市西区山田)に引っ越し、福泉中学3年の2学期までここに住んでいた。
「うちは床屋で、鶴田池の脇を通ってる父鬼街道、今は(府道)216号っていうんですか、そこに面していました」
 地図で教えてもらうと、「山田北」のバス停あたりである。
「鶴田池がうちから裸で走って行けるぐらい近かったから、夏は朝から晩まで池につかって遊んでいましたよ。その後、鶴田池は高速道路ができて分断されたりして、昔の面影はまったくありませんがね」

 信太山もかっこうの遊び場だった。
「敗戦で米軍の演習場になっていたから入ってはいけないんだけど、米軍はたまに来るだけで番兵もいないから、一番の遊び場でした。ホントに広くてね。どんなに暴れようが、大声出そうが周りに関係ないんだから」
 堺時代のさいとうさんは“どうしようもないワル”だったという。
「米軍の鉄砲の標的の裏が真っ白だと知って、当時はそんな紙ないから『こんなところに絵が描けたらどんなに気持ちいいだろう』と信太山の米軍の倉庫からこっそり拝借して、それで紙芝居をつくったこともあります(笑)」
 悪さの思い出は尽きない。

「もうなくなってしまいましたけど、今の鶴田池の交差点からちょっと東に行ったところに[山田温泉]という割烹旅館がありましてね。温泉の効能がある冷泉が湧き出ていて、それを沸かして入らせていたんです。そこの庭の池に観賞用の高い錦鯉なんかが飼われていたんですよ。もう時効だから言うけど、その中にウロコの大きな鯉がいたから、珍しくて空気銃で撃ったりしてね。あとでわかったんですけど、それはドイツ鯉というすごい高いもんだったんです(笑)」
[山田温泉]は高級で、村の人が行けるようなところではなかったという。
「よそから金持ちとか偉いさんが来るところでした。そこを僕の2冊目の単行本『幽霊館』のモデルにして描いたこともありますよ」

同窓会は罪ほろぼしに[大金樓]で

 さいとうさんは家計を助けるために、中学を卒業すると家業の床屋を手伝うために理容師になった。
「だから、同級生と呼べるのは小学校と中学校の友達だけ。小学校の同級生と会ってるときが一番いいんですわ。今でも、『先生』じゃなくて、『おい、さいとう!』って呼ばれるから気楽でね」
 昭和24年(1949)に福泉小学校を卒業したので、2と4で「ふしの会」をつくっている。
「私が名誉会長にされて、年にいっぺん、同窓会をやっています。それ以外にも年に数回、会ってますよ。この間も、万年幹事に堺に行くよと連絡したら12人も集まった」
 同窓会を開くことが多いのが、鳳にある[大金樓]という老舗の料亭だ。
「ここは因縁付きのお店でね。私が子どもの頃は食いもんがなかったから、[大金樓]が鶴田池で飼っていた鯉や鮒を無断で釣ったりしてね…。だから、罪ほろぼしで行ってるんだ(笑)」

子ども時代の面影を残す[清乃家]

 やんちゃ坊主は映画も大好きだった。小学校4年生からアルバイトをして、お小遣いが貯まると映画を見に行った。
「小学生の頃は鳳に[鳳劇場]っていう半分映画で半分芝居をやっている小屋があって、弁士付きの無声映画を見てました。中学生になると学校にも行かず、自転車で堺東に出て映画を見まくっていましたね。何軒か映画館があったけど、[電気館]が一番私好みの映画をやっていたから、そこへ通い詰めに通いました。路地まで変わってしまったから、どこだったのかもようわからんのですが」。
 調べてみると、堺市役所の東向かいにあるセブンイレブンのあたりだったようだ。
 さいとうさんの子ども時代とは町はすっかり変わってしまったが、当時の面影を残しているところもあるという。
「草部の交差点の角に[清乃家]っていううどん屋があるんですよ。建て直しただろうけど、店も昔の面影が残っています。終戦後まもなく、あそこは配給のクーポン券持って行くとうどんが食べられたんです。おいしかったけど、おふくろたちが食べないで私らに券をくれてるんやなと思うと辛いもんがありましたね。あれから一度も入ったことないんですが、いっぺん行ってやれと思っているんです」

 故郷にはいい思い出ばかりではない。
「堺東は楽しい思い出ばかりだけど、山田では和歌山から来たよそ者といびられたり、辛かった思い出がたくさんあるんです。でも、同級生がいるから、今は帰るのが楽しい。堺は私にとってかけがえのない町です」
 堺を愛するさいとうさんは、代表作『ゴルゴ13』シリーズ全巻を始め、かなりの作品を堺市立中央図書館に寄付もしている。
「同級生には『堺に記念館を作ったらどうだ?』としょっちゅう言われるんですよ。私は『自分が生きている間に記念館つくるのはねえ』と思っているんだけどね」
 同級生だけではなく、記念館を待ち望んでいるファンは多いので、ぜひかけがえのない町・堺で実現してもらいたいものだ。

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