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堺の大使 好きです堺  沢口靖子さん

更新日:2023年8月3日

堺での数々の思い出 地元の皆様の応援をいつも感じて

堺での思い出

  • 高校まで堺で過ごされたんですね。

 上野芝中学校は、当時1学年23クラスもあるマンモス校でした。転校した赤坂台中学校は、逆に3クラスしかなくアットホームな学校で、転校生の私をとても温かく受け入れてくれたことが印象的でした。セーラー服に憧れて入学した泉陽高校での一番の思い出は部活なんです。軟式テニス部で真っ黒に日焼けし、上下関係の厳しさも学びましたね。浜寺公園は、思い出の場所です。軟式テニス部の合宿がありましたし、小学校の時に兄の影響で水練学校に3年くらい通いました。高校の時、試験勉強で通った、大仙公園の中央図書館は思い出の場所の一つです。

  • 進学を考えておられたと。

 女優というのは全く考えていなくて、友達がオーディションに推薦してくれた一通の手紙が運命を変えました。

大人になってから感じる堺

  • 堺に戻られたときに変わったと思われることは。

 シネコン、関空、御堂筋線の延伸。便利になりましたよね。

  • 堺市では仁徳天皇陵古墳をはじめとする百舌鳥古墳群の世界文化遺産登録をめざしています。東京からどう見えますか。

 仁徳天皇陵古墳は私たち子どものときには遠い存在でしたね。東京では、皇居の周りをランニングするのがブームになり、皇居が身近に感じられます。緑豊かな仁徳天皇陵古墳の周囲でウオーキングイベントや地域活動などで身近に感じるようにしてはどうでしょう。

言葉で苦労、転機も言葉から

  • 堺から東京に行かれて、困ったことはありましたか。

 やはり言葉の壁ですね。全く素人の状態で、デビュー作とかも決まっていましたので。自分の中で関西なまりを封印したりもしました。心のなかで「あー、しんど」って出てくることもうち消して「あ~疲れた」って。18年間生きてきた自分の全てを否定されたような気持ちになりました。言葉ってそれくらい大きいものですよね。

  • 関西弁のセリフがあるCMに出演したときは、関西出身を強く感じました。

 自分の中にあるものを誇張して表現してみました。「ようやくらしさが出てきたね」とか、「なんであんなことしたんだ」とか、賛否両論でしたね。

  • それから、コミカルなお芝居もされるように。

 そうなんです。例えば、三谷幸喜さんからコメディーのお話をいただいたり、それから劇団☆新幹線のいのうえひでのりさん演出の「天保12年のシェークスピア」という作品の役をいただいたり、三宅裕司さん・伊東四朗さんからコントライブのお話をいただいたりしました。

舞台「男嫌い」を市民会館で

  • 第一線で活躍を続ける沢口さんから、社会で責任ある役割を担うことの多い同世代の方に一言お願いします。

 私から偉そうなことは言えないです。18歳で高校を卒業してすぐにデビューして、無我夢中でやってきました。今、作品一つ一つに向き合う中、仕事への意識も変わってきました。与えられた役に魂を吹き込むことで作品に込められたメッセージを伝えようと、研さんを積む毎日です。

  • 舞台「男嫌い」の公演が平成25年6月14日に市民会館であります。

 堺での公演はうれしい気持ちと、気恥ずかしい気持ちです。でも、地元の皆様の応援をいつも感じておりまして、お礼の気持ちも込めて、舞台に立ちたいなと思っております。
 笑いと涙がいっぱい詰まったハートフル・コメディーです。ぜひ楽しみにしてください。

(取材 平成25年2月)

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