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(2023年10月5日)ニュータウンのゆるやかな小径と歴史

更新日:2024年1月16日

のびのび描いた絵の外壁が目印の集会場

    
古墳時代の歴史も興味深いし、近現代の歴史も気になります。
   
1960年代、ニュータウンが誕生していく社会はさぞ賑やかだったのでしょう。
   
この時代を知っている方、青春を過ごした方もいれば、まだ生まれていない方、そんな時代があったなんて信じられない、という方もいらっしゃることでしょう。
堺市にはニュータウンが多くあります。
大阪市に近いこともあり、人々は朝に家を出て、夜には帰ってくるベッドタウンとなりました。四角い団地が並んでいる風景も珍しくありません。
   

泉北高速鉄道の泉ケ丘駅の改札を出て、すぐに工事現場を見ました。
ショベルカーが数台動き、都市を覆っているものが剥がれ、むき出した土の色は新鮮でもあり感情的にも見えました。
山が崩され、できたのがニュータウンですから、このような工事から始まったことを思いました。
     
子どもの施設・ビッグバンを横切り、池のまわりの雑草のにおいも懐かしく小径に入ると、鬱蒼とした木立に囲まれ、さっきまでの都市的な空気が一瞬にして切り替わりました。
    
しばらく歩くと公園があり、コンクリートの施設にはアウトドア用品の展示、シェアする本棚、子育てするお母さんたちのカフェなど、この地域で暮らすことが楽しくなるようにデザインされています。ベッドタウンというと夜に眠るだけ、というように思いますが、ここでは地域で育つこと、暮らすことが大切にされていると感じました。
    
茶山団地に足を踏み入れると、なだらかに曲線を描くスロープや階段の踊り場から山の稜線が見えて、歩くことが楽しく感じられます。それもそのはずで、この団地はニュータウン建設の初期に取り組まれ、設計チームはもともとの地形をいかすよう時間をかけて調査し、実験的に設計したそうです。無機質でないデザインが採用されています。
    
開設当初は駅に近いこともあって賑わったようですが、高齢化がすすみ、エレベーターのない団地は空き家も増えたということです。けれど、さまざまな工夫をして、例えば「ニコイチ」といって、2部屋の壁を壊して1つの部屋にして快適な空間をつくるなど若い人を呼び込んだということです。
   
そうしたハード面だけの取り組みではなく、大阪府住宅供給公社とNPO法人SEINが協働して立ち上がり、地域に入り込むようなかたちで活動されています。定期的に開かれた「晩ごはん会」は持ち寄りで誰でもいっしょに晩ごはんを食べることができ、ここでのおしゃべりから団地での活動が生まれていったそうです。
    
防災訓練には参加が少ないので、仮装が好きな子どもたちが高齢者宅を訪ね、仕込んでおいたお菓子をもらうハロウィンの仕立てにして高齢者を避難所に連れていったり、コロナ禍のときには学校が閉鎖され行き場のない子どもが集会室の玄関前の野外でゲリラ図書館活動を行うなど、それぞれが楽しみながら役割を担う取り組みを実施されています。
     
集会室は子どもたちがのびのび描いた絵の外壁が目印になっています。
コミュニティのなかで大切にされている子どもの存在を感じることができます。
曇空のなかで、ススキの向こうに息遣いのある壁が団地の希望のように見えました。
    

2023年10月5日

プログラム・ディレクター 上田假奈代

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