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堺の大使 好きです堺 9 小田勝美さん(元バレーボールオリンピック選手)

更新日:2013年10月2日

多くの市民の方に支えられて

バレーボールとの出会い

  • バレーボールを始めたきっかけは何ですか。

 中学の時、近所に住んでいた先輩の勧めでバレーボール部に入りました。実家が兵庫県の農家だったので将来は近くの農業高校に進学して跡を継ぐつもりでしたが、実際には親戚のつてで吹田市にある国鉄の職業訓練所に行くことになりました。中卒は3学年で75人だけでしたが、その中のバレーボール好きが集まり、体育館もない監督もいない中でクラブを作りました。

  • そこからプロの道へどのように入られたのですか。

 3年生の秋に、近畿総合選手権という実業団の試合を見に行きました。決勝は松下電器と新日鐵の対戦で、新日鐵には中村祐造という当時全日本の選手がいました。試合は松下電器が勝つんですが、常に周りに発破を掛けて自らも頑張る中村さんの姿に感動し、試合後すぐにファンレターを出しました。少しでも目立つように封筒の後ろに赤鉛筆で「193センチメートルあります」と書いたんです。

 すると、その年の年末に中村さんから直接電話があり、いつでも練習を見に来るよう言われました。私は感激のあまり年が明けてすぐに堺まで練習を見に来ました。私は当時確かに身長が193センチメートルありましたが、体重は68キログラムしかなく、初対面で非常にがっかりされたのを覚えています。それでも、1m近くあるジャンプ力を買われて、新日鐵へ入ることになりました。

  • 現役の選手時代の話をお聞かせください。

 練習は非常に厳しかったですが、中村さんは人を見い出し育てるのが上手かったんだと思います。加えて、新日鐵からは他にも優秀な人材が多数出ていて、チーム自体も人を育てる体制が出来上がっていました。私がその中にいたのは、偶然が重なったとはいえすごい縁だと思います。そもそも、今のブレイザーズがあるのも中村さんが昭和44年に八幡製鐵所から堺に選手を連れてきてくれたおかげで、彼がブレイザーズの原点だと思っています。

地域密着型のチームをめざして

  • バブル崩壊後、各地で企業スポーツが危機にさらされましたね。

 当時は企業スポーツがどんどん廃部に追い込まれました。新日鐵でも同様で、廃部にするか生き残りの道を自分たちで考えるよう言われました。堺ブレイザーズは70年続く伝統あるチームで、私自身自分の育ててくれたこのチームをなくしたくないとの思いが強くありました。存続の道を考え抜いた末、Jリーグを参考に地域密着型のチームをめざして、株式会社ブレイザーズスポーツクラブ立ち上げました。収入面で自立することと地域に愛されることが一番大切だと考えています。

  • 地域密着の良さは何ですか。

 立ち上げた当初は苦労も不安も多かったのですが、思っていた以上にやり甲斐があり面白いです。市内のイベントに参加したり、小・中学校、高校でバレーボールの指導を行ったりするなかで、地域の方が味方してくれていると実感しています。堺市バレーボール協会では堺で行う全てのバレーボール大会にブレイザーズの名前を入れてくれました。金岡体育館でホームゲームを行う際は、ボランティアの方が寒い中外で駐車場整理をし、グッズを送るとなったら封筒貼りを手伝ってくれる。これは他の企業スポーツではできない、地域密着のチームの良さだと感じています。本当に多くの市民の方に助けてもらったおかげで、今年4月のVプレミアリーグでは、5回目の優勝を果たすことができました。
 一方、私たちが地域に貢献できることは、バレーボールを通じた青少年育成だと思い、小・中学生、高校生が対象のバレーボール教室などを行っています。選手たちも積極的に活動してくれて、サービス精神も旺盛なうえに教えるのも上手です。プロの選手から直接指導を受けられるので子どもたちもとても喜んでくれています。

愛されるチームへ

  • 堺にお住まいとのことですが。

 堺に初めて来た昭和46当時は深井の寮に住んでいました。夜寝る時には寮の横の牛ガエルが盛んに鳴いているし、周りは田んぼだらけでした。それに対して会社のある辺りは大工業地帯です。当時は高度経済成長期の真っただ中で、帰りに通る堺東の駅前もすごく栄えていました。今のお気に入りの場所は大仙公園です。緑豊かで動物がいて、特に朝や日曜日に歩くと非常に気持ちが良いですね。

  • 親善大使として堺をどのようにPRしたいですか。

 試合や遠征で「堺」という名前をつけて全国を回っていますが、堺はやはり仁徳天皇陵や千利休など歴史文化のあるまちというイメージは皆さんお持ちです。堺ブレイザーズを立ち上げて13年になりますが、堺がもっとスポーツの盛んなまちになって欲しいし、スポーツのまち堺を全国発信していきたいと思っています。これが私の親善大使としての使命だと思ってます。

  • 市民の方へ伝えたいことはありますか。

 プレミアVリーグが12月7日から始まりますので、ぜひ一度生の試合を見に来てください。そして一人でも多くの市民の方に堺ブレイザーズのファンになっていただけたら嬉しいです。サポーターズクラブの会員も随時募集しています。より一層愛されるチームをめざして頑張りますので、皆さまの応援をよろしくお願いします。

(取材 平成25年8月)

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