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履中天皇陵古墳周辺

更新日:2019年7月23日

M13 旗塚はたづか古墳

仁徳天皇陵古墳と履中天皇陵古墳の間に位置する帆立貝形墳。墳丘長は57.9m、後円部の高さは3.8mである。
小石が敷かれた墳丘の平坦面には、形象埴輪を立て並べていた。
円筒埴輪のほか、多種多様な形象埴輪がみつかっている。
築造時期は5世紀中頃である。

M14 銭塚ぜにづか古墳

仁徳天皇陵古墳と履中天皇陵古墳の間に位置する帆立貝形墳。
墳丘長は72m、後円部の現存高は2.3mである。後円部北側では墳丘の平坦面と円筒埴輪列がみつかっている。築造時期は5世紀後半である。
学校の敷地内にあるため、見学はできません。

M15 履中天皇陵りちゅうてんのうりょう古墳

百舌鳥エリアの南西部に位置する日本第3位の巨大前方後円墳。大阪湾からの眺めを意識した場所に造られている。
墳丘長は365m、後円部の高さは27.6mである。築造時は二重の周濠をもつ古墳であった。墳丘からは円筒埴輪、形象埴輪が見つかっている。形象埴輪のうち、矢を収納する靫(ゆぎ)の形をした靫形埴輪は高さ1.4mもある大型のものである。築造時期は5世紀前半である。

M16 寺山南山てらやまみなみやま古墳

履中天皇陵古墳の外濠に接して造られた方墳。濠を共有することから、履中天皇陵古墳の付属墳と考えられる。
長方形型の古墳で、北東-南西方向が44.8m、北西-南東方向が36.3mに復元されている。
墳丘に造られた平坦面上には円筒埴輪が並べられ、墳丘上からは、最古級の須恵器がみつかっている。築造時期は5世紀前半である。

M17 七観音しちかんのん古墳

履中天皇陵古墳の後円部北東側、外濠の近くに位置する円墳。履中天皇陵古墳の付属墳と考えられる。
墳丘径は32.5m、高さ3.8mである。墳丘からは円筒埴輪がみつかっている。
築造時期は5世紀前半である。

7 グワショウぼう古墳

墳丘直径61メートルの円墳。周濠がめぐる。独立した古墳である。古墳林は植生観察林ともなっている。大仙公園で保存されている。国史跡。

9 東酒呑ひがしさけのみ古墳

墳丘直径21メートルの円墳。履中天皇陵古墳の陪冢として宮内庁が管理。

10 西酒呑にしさけのみ古墳

墳丘直径25メートルの円墳。履中天皇陵古墳の陪冢として宮内庁が管理。

11 檜塚ひのきづか古墳

墳丘24.9メートルの前方後円墳。履中天皇陵古墳の陪冢として宮内庁が管理。
※民間工場の敷地内にあるため、見学はできません。

12 乳岡ちのおか古墳

墳丘長155メートルの前方後円墳。現在、周濠は埋没しているが、発掘調査によりその存在が確認されている。4世紀後半。国史跡。

13 経堂きょうどう古墳

墳丘直径20メートルの円墳。履中天皇陵古墳からやや離れたところにあり、陪塚として宮内庁が管理。

14 かぶとづか古墳

墳丘長50メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。大塚山古墳の陪塚の可能性がある。

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文化観光局 世界文化遺産推進室
電話:072-228-7014 ファックス:072-228-7251
〒590-0078 堺市堺区南瓦町3番1号 堺市役所高層館5階

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