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堺市
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さかい利晶の杜にVRスペースがオープンします

更新日:2021年4月7日

さかい利晶の杜では、令和3年4月7日(水曜)から、新たにVRスペースを設置し、タイムトリップ堺を開始します。
最新型VRゴーグルをかけてテーブルを見ると、立体映像で中世の環濠都市”堺”のまち並みや、千利休との茶の湯文化を体験することができます。
詳細は、以下のチラシや、さかい利晶の杜ホームページをご覧ください。

外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。さかい利晶の杜ホームページ(外部サイト)

タイムトリップ堺PR動画を公開しています

タイムトリップ堺PR動画
(YouTubeにリンクします。)

ナレーション

仁徳天皇陵古墳を始めとする貴重な歴史資源が数多く残る堺市。
そんな堺のまちには、古くから新たな技術や伝統が、堺市民の進取の気風とともに今も深く刻み込まれています。
古墳時代、大王の権力の象徴として、仁徳天皇陵古墳や履中天皇陵古墳などの巨大古墳を始めとする100基を超える百舌鳥古墳群が大阪湾に面した台地に築かれました。これら古墳の姿は、当時、海を渡ってきた人々に圧倒的な存在感を発揮したことでしょう。
中世の堺は、海外貿易など商取引で得た富を背景に大きく発展を遂げ、16世紀のヨーロッパで作られた日本地図にその名前が記されるとともに、イエズス会の宣教師たちから「日本のベニス」とまで呼ばれるようになりました。
住吉大社の神輿が堺へ向かう行列が描かれた住吉祭礼図屏風からも、当時の賑わいが感じられます。
鉄砲の技術が伝来すると、堺の職人は持ち前の鍛冶の技術を活かし、鉄砲の一大生産地となります。
当時の権力者にも茶の湯を指南した千利休が堺に生まれるなど、今にもつながる様々な文化が花開きました。
江戸時代、大坂夏の陣で焦土となった堺は、江戸幕府により「元和の町割り」と呼ばれる都市計画で碁盤のようなまちとして整備され、活気を取り戻していきます。現在もこの美しい区画、まち全体の形は残っており、明治になって東一丁西一丁と呼ぶようになったきっかけとも言われています。
また、今も多くの料理人に愛用されている堺打刃物や線香など、現在に続く伝統産業も江戸時代に発展しました。
新政府により「堺県」が誕生した明治時代、現存する日本最古の木造洋式燈台である、「旧堺燈台」が、明治10年に竣工しました。この燈台の建設費用の多くは、市民の寄付で賄われました。
明治21年には、日本初の純民間資本による阪堺鉄道も堺まで開通。鉄砲鍛冶の技術が自転車産業の発展にもつながりました。
そんな堺に刻まれたまちの歴史を感じることができるのが、「さかい利晶の杜」です。これまでの千利休や与謝野晶子に関する展示などに加え、VR技術による新たな展示ゾーンが4月7日にスタートします。ゴーグルを装着いただくと、テーブル上に立体的な三次元映像が現れ、環濠都市“堺”の姿や茶の湯文化がリアルに体験いただけます。ぜひ、この数多くの歴史が刻まれた堺タイムトリップをお楽しみください。

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文化観光局 観光部 観光推進課
電話:072-228-7493 ファックス:072-228-7342
〒590-0078 堺市堺区南瓦町3番1号 堺市役所本館2階

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