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堺市
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時を旅する鳥が見たある日の堺/高学年向け

更新日:2016年2月5日

みんなでつくった☆ななつのものがたり

プロローグ

 鳥は金色にきらめくつばさを広げ、ゆったりと空をっていました。はるか下に見えるのは、おさむらいさんがいた時代のさかいの町。
目じるしのように大きな古墳こふんが横たわっています。そのおかは遠い昔のみかどのおはかだと当時の人々は伝え聞いていますが、丸と台形を組み合わせた鍵穴かぎあなのような形をしていることは、まだ知られていません。
 だれ古墳こふんを上から見たことがないのです。飛行機も高層こうそうビルもなかった時代。もちろんテレビやスマホどころかラジオも電話もまだ生まれていません。

 季節は夏の終わり。今日は年に一度の「住吉すみよしさんの祭礼」の日。北の住吉すみよし大社を出た行列が、南にあるさかいの町へやって来ました。きびしい夏を乗り越え、この先の一年も家族が無事にごせることをいのって、色とりどりの装束しょうぞくをまとった町人たちがねり歩いています。先頭では、住吉すみよしさんのお使いのうさぎが、ねながら道案内をしていることでしょう。
鳥には、不思議な力がありました。
人間が頭の中で考えていることが、声に出した言葉のように聞こえるのです。何千年もの時を旅している間に、いつの間にか身についた力でした。地上をねり歩く町人たちの心の声が、空を飛ぶ鳥の心に次々と飛び込んできました。


志家野しけの志家男しけおものがたり

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「あーあ。このまま立派りっぱ侍大将さむらいだいしょうになって、殿との様まで上りめたいものだな」
声のほうへ鳥が目をやると、武将姿ぶしょうすがたの男が橋をわたろうとしていました。
男の名は志家野志家男しけのしけお
年は二十五になったところ。まだひとり者で、親のすねをかじっています。殿との様になりたいなどと言いながら、志家男しけおは何の努力もしていません。面倒めんどうくさがりやなのです。

 結婚けっこんしたい気持ちはありますが、およめさんを探すのは面倒めんどうです。女の人にちやほやされたい気持ちは、もちろんあります。でも、声をかけるのは面倒だし、そんな勇気もありません。
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 そんな志家男しけおですが、行列に加わる前に通りかかった糸屋の看板娘かんばんむすめに、「おはようさん」と声をかけました。今日は武将ぶしょうのかっこうをしているので、ちょっぴり気が大きくなったのです。「さかい小町」と呼ばれるほどの器量良しのおじょうさんは、さくら色のくちびるを小さく動かして、「おはようございます、侍大将さむらいだいしょうさん」とほほ笑んでくれました。
 自分だけのために向けられた笑顔に、志家男しけおはすっかりいい気分になって、「今度、おれと二人きりで出かけようや」とさそうと、「いいわよ、侍大将さむらいだいしょうさん」とおじょうさんは大きなひとみをうるませて言いました。
 待ち合わせの時間と場所を約束して別れましたが、今日と同じかっこうをして行かなければ、糸屋のおじょうさんはがっかりするでしょう。そんなわけで志家男しけおは「このまま立派りっぱ侍大将さむらいだいしょうになりたい」などと思っているのです。

 けれども、志家男しけおはどうしようもない意気地なしでした。近づいて来た野良犬にびっくりして大声を出したために、犬は興奮こうふんしてしまい、志家男しけおに飛びかかってきました。立派りっぱ装束しょうぞくのすそが犬にみつかれ、り回され、千切れてしまいました。
 「これって殿との様にお借りしている大切な装束しょうぞくとちゃうんやろか。どないしよ」
志家男しけおは青ざめました。その一方で、「祭礼の列に飛びかかってきた野良犬を追いはらおうとして装束しょうぞくが破れた、いうことにしたらどうやろ。殿との様に気に入られて、おしろで働かせてもらえんやろか」とずるい考えも頭にかぶのでした。
 「ついでに殿との様の娘がよめさんになってくれたら、一生ラクできるなあ」
そんなことばかり考えている志家男しけおに、鳥は「しっかりせんかい」と言ってやりたくなりましたが、人の心の声は聞けても、自分の声をとどけることはできないのでした。


弦鶴男つるつるおものがたり

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 志家男しけおより少し前を行く武将姿ぶしょうすがたの男は、こんなことを考えています。
「ああ、うどん食いたいなあ。長い行列よりも長いうどん。うどんうどん、うどん食いたい」
 頭の中でうどんが渦巻うずまいている男は、弦鶴男(つるつるお)です。名前のひびきの通り、つるつる食べられるうどんが大好きです。
 ひまさえあれば、つるつるとうどんを食べているので、近所の人たちには「つるつるさん」とばれています。
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 つるつるさんの年は「百七十才」といううわさです。ほんとうは七十才ですが、はだはつるつるで、五十才くらいにしか見えません。
「うどんを食べると長生きするらしいで」
「つるつるさん見てみいや。ぜんぜん年取らへん」
「あれでもう百才こえてるらしいで」
 うわさ話にどんどんひれがついて、いつの間にか、「つるつるさんは、うどんのおかげで百七十才」ということになったようです。

 「子どもは百二十九人」いるといううわさです。
本当は「子どもは九人」で「孫が四十人、ひ孫が八十人」、「全部合わせて百二十九人」なのですが、うどんの力で子宝にめぐまれているといううわさにひれがついて、子どもの数があれよあれよとふえていったのでした。

 たしかに、つるつるさんの足こしは、人み外れて丈夫じょうぶです。行列をねり歩く町人の中には、わか者でもつかれた顔をした者がいますが、つるつるさんは、しっかりした力強い足取りです。この足でうどんをんだら、さぞかし、こしのあるうどんができるでしょう。

 頭の中もシャンとしていて、うどんのことを考え続けています。
「この後、何うどん食べよかな。やっぱし、きつねにしよか。いやいや、肉うどんにしよか。冷やしうどんがええな。すだちをきゅっとしぼって、つるつるっと食べよか。そうしよそうしよ」
 うどんのことを考えていると、足取りが軽くなります。物思いにふけって歩みがのろくなっている前の男を追いし、つるつるさんはずんずん進んでいきました。

 その後ろ姿すがたを見て、
「つるつるさん、元気やわあ」
「あの人、もう二百才らしいで」
「子どもも二百人おるらしいで」
と町人たちがうわさしています。
 つるつるさんの長生き伝説は、うどんのように長く長くびていくのでした。


著津波亜ちょっぱーものがたり

 つるつるさんが追いかしたのは、武将姿ぶしょうすがたの大男でした。その男からは、物騒ぶっそうな心の声が聞こえてきました。
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 「朝起きて、蝦夷えぞからさかいまで歩いて来たので、はらった。人間を食いたいな。どの人間を食うとしようか」
 鳥はおどろいて、よろいかぶとをまとった男をじっと観察しました。たしかに体つきは立派りっぱですし、体力もありそうです。とはいえ、北の果ての蝦夷えぞからさかいまで歩いて来られるはずはありません。第一、 人間を取って食おうなんて、おだやかではありません。まさか、住よしさんの祭礼に人食い男がまぎんでいたとは……。しかし、かぶとに囲まれた顔に目をらすと、その顔に見覚えがありました。
                                瓦版かわらばんという読み物を書いている著津波亜ちょっぱーでした。

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 著津波亜ちょっぱーは行列をねり歩きながら、次に出す物語を考えているのでした。
「ああ良かった、お話に出てくる人食い男の心の声だったのか」と鳥はほっとしました。

 著津波亜ちょっぱー瓦版かわらばん評判ひょうばんになったといううわさは、まだ聞いたことがありません。だからこそ、次はうんと面白いものを書いて世間をおどろかせてやりたいのでしょう。しかし、人間を取って食う男の話が面白いのでしょうか。人間ではない鳥にはよくわかりません。

 そんなことを鳥が考えている間も、著津波亜ちょっぱーの心の声は続いています。
「どの人間がうまそうかな。男のほうが食べごたえがありそうだな。よし、あの男を食ってやろう」
 著津波亜ちょっぱーは前を行く武将姿ぶしょうすがたの男にねらいを定め、火縄銃なわじゅうかまえました。どうやらすっかり人食い男になりきっているようです。
 前を行く男とは、先ほど著津波亜ちょっぱーを追いして行ったつるつるさんです。火縄銃なわじゅう武将ぶしょう装束しょうぞくの一部ですから、火をくことはもちろんありません。けれど、あの固いじゅう身で後ろからなぐりつけられたら、つるつるさんは大けがをしてしまうことでしょう。打ち所が悪ければ、命を落としてしまうかもしれません。そうなったら、二百才の長生きで二百人の子どもがいるというつるつるさんの伝説も終わってしまいます。
 何より、せっかくの住吉すみよしさんの祭礼がめちゃくちゃになってしまいます。何とかしなくてはと鳥はあせりましたが、金色にかがやく鳥が地上へり立ってしまっては、それこそ大さわぎになってしまいます。
 「こうなったら仕方がない」と鳥は覚悟かくごを決めました。

 ぽちゃん。著津波亜ちょっぱーの頭の上に生温かくてやわらかい何かが落ちました。
「わ、なんやなんや」
縄銃なわじゅうかまえていた手をあわてて頭にやると、ねっとりとした感しょくがありました。その手を見て、著津波亜ちょっぱーなさけない声を出しました。
「うっわー。鳥のふんやー」
 鳥の落とし物で著津波亜ちょっぱーげん実に引きもどされました。こうして、つるつるさんの無事と長生き伝説は守られたのでした。

「物書きというのは、げん実と想ぞうさかいい目が見えなくなるほど、自分の考えた世界に入りんでしまうものなのだなあ」
鳥があきれながら感心していると、
「あれ? なんやなんや、ええっ、どうなってるんや」
著津波亜ちょっぱーの戸まどった心の声が聞こえてきました。手にべっとりとついた鳥のふんが金色の粉になって、風にさらわれて行ったのです。著津波亜ちょっぱーはあっけに取られたように金色の粉の行方を見つめていました。もしかしたら、次にかれが出す瓦版かわらばんには、不思議な鳥のふんが登場するかもしれません。人食い男の話よりは面白そうだと鳥は思いました。


ピリオド・マネー・ドル・ユーロものがたり

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 「もういい加げんにしてほしい。何度言わせるんだ」行列の中から、いらだった女の心の声が聞こえました。ぎすぎすしていて、言葉がさるようなしゃべり方です。「何もかもが思い通りに行かない。娘は言うことを聞かないし、むすめの便秘は治らないし、わたし満も治らない」後ろからとぼとぼとついて来るのは、かの女のむすめのようです。むすめに八つ当たりしているのでしょうか。
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 「ああやだやだくたびれた。何もかもにくたびれた。こんなに歩かされて、出会いもないし、やせないし、一ドルももらえないなんて、くたびれぞんだ」どうやら歩きつかれて、頭の中で毒づいているようです。お金にならない無なことは、したくないのでしょう。でも、ドルというのは、アメリカという国のお金の単位です。かの女の名はピリオド・マネー・ドル・ユーロ。たいそう風変わりな名前ですが、考えていることも変わっています。

 「ああおなかがぺこぺこだ。黒毛和牛のサーロインステーキを食べたい。四百グラムだって、ぺろりと平らげられる」
 いらいらしているのは、おなかがすいているせいでしょうか。でも、この時代、牛の肉を食べる習かんはありませんでした。サーロインステーキという言葉をさかいの町人たちが知るようになるのは、ずっと後の時代です。もしかしたら、かの女にも、時を旅する力があるのかもしれません。鳥は興味を覚えて、かの女の次の言葉を待ちました。
 「アカガミがなんだ。ミカドにこう議してやる」
 アカガミというのは、何百年も後の世界大戦中に戦地へ送り出されることになった男の人にとどけられたあの赤紙のことでしょうか。けれど、ピリオド・マネー・ドル・ユーロは女です。女の人に赤紙が来たという話は、聞いたことがありません。だとすると、かの女が言っているアカガミは、戦争とは関係がないのでしょうか。それとも、鳥のまだ知らない時代には、女の人も戦争に行かなくてはならなくなるのでしょうか。ミカドというのも、鳥が知っているみかどのことなのか、それともちがうのか、鳥にはわかりません。ただひとつわかるのは、かの女が「アカガミ」が来たことに腹を立て、「ミカド」に文を言いに行こうとしていることです。
 「アカガミのせいで、今日はとんだ一日だ。やっぱり黒毛和牛のサーロインステーキは四百グラムじゃ足りない、八百グラム食ってやろう。金はいくらだってあるんだ。お金を出して、かくまってもらったっていい。あんな国のために命を取られるなんて、まっぴらごめんだ」
 ピリオド・マネー・ドル・ユーロの心の声はいかり続けています。

 アカガミはやはり戦争と関係があるようです。それは海の向こうのどこかの国の戦争のようです。かの女は、その国の人なのかもしれません。とすると、ミカドというのは、その国の高な人のことなのでしょうか。
「戦争なんかに行ったら、黒毛和牛が食べられなくなるじゃないか。じょう談じゃない。アカガミなんかやぶててやる。わたしは自由だ」
 ピリオド・マネー・ドル・ユーロがおこっているのが、いつの時代のどこの国の戦争のことなのかはわかりません。でも、いつの時代でも、どこにいても、好きなものをおなかいっぱい食べられるのが平和ってことなのだなあと鳥は思いました。


お育ものがたり

 祭礼を見物する人たちの心の声も、鳥の心に飛びんできます。
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 「どんな着物がええやろか」
声の主は、近くの反物屋で働いているお育です。
お育は、子どものころから絵をくのが得意でした。そのうでみがいて、反物の絵がらを考える絵きになったのです。さくらや梅やふじ。月や鳥。お育が絵にいた通りに、はたしょく人が糸をり合わせ、美しい反物に仕上げます。
 お育の考える絵がらは、お店でもたいそうな評判ひょうばんでした。次から                                                             
                                 次へと注文がみ、休むひまもありません。お育は、だれよりも
                                 よく働きました。病気で働けない夫に代わって、お育が一家の大
                                 黒柱なのでした。
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 通りぎる行列を熱心なまなざしで見つめているのは、仕事のためでしょうか。いいえ、別な理由があるのです。

 今着ている着物の絵柄もお育が考えたものですが、着物はお育の物ではありません。

「お祭りの行列を見に行くんやったら、ええ着物着て行き」

と反物屋のおかみさんがしてくれたのです。そのとき、おかみさんが、ふと思い出したように言いました。

 「お美ちゃんにきれいなおべべこさえたり。反物代と仕立て代は、うちからのお祝いや」

 お育のむすめのお美は、十さいになったばかり。お育が反物屋へ働きに出ている間、食事を作ったり、掃除そうじをしたり、妹や弟の面倒を見たり、働き者で心やさしい女の子です。お祝いをしてやりたいけれど、そんな余裕よゆうはないし……とお育がこまっていたのを、おかみさんは気づいていたのかもしれません。自分が考えた絵がらの反物で、むすめに着物を作ってやれる。なみだが出そうなほどありがたい計らいでした。

 それからずっと、お育はむすめに着せる着物の絵がらを思いめぐらせているのです。行列をねり歩く様々な装束しょうぞくを見ながら、
「あの色は好きやけど、子どもには派手はでやなあ」
「あの柄は、お美には合わんかなあ」
いつもはどんどん絵がらが思いつくというのに、なかなか考えがまとまりません。
「あの子は、どんながらが好きなんやろ」お育はお美の顔を思い浮かべました。

 お育は家に仕事を持ち帰ることも少なくありません。夫と四人の子どもたちの夕飯を作り、子どもたちの着物をつくろい、子どもたちをかしつけた後、お育は一人、行灯(あんどん)の灯りをたよりに絵筆を走らせ、反物の絵がらきます。時々、お美が布団ふとんから出てきて、横からのぞきこみます。
「お母さんのく絵は、ほんまにええなあ」
美もを描くのが大好きなのです。顔つきだけでなく、好きなことも、幼いころのお育によくています。
 「どうやったら、お母さんみたいにけるようになるん?」とお美に聞かれると、「毎日いていたら、どんどん上手になるんや」とお育は答えます。
「わたしも大きくなったら、おべべの絵がら考える人になりたい」とお美が言ったことがあったなとお育は思い出しました。

 「そうや。お美にかせたろ」
いいことを思いついて、お育の顔がぱあっと明るくなりました。自分のいた絵が反物になり、それが着物になる。絵が大好きなお美への、何よりのお祝いになりそうです。
 お育は、早くお美に伝えたくて、急ぎ足で家へ向かいました。おかみさんに借りた上等な着物のすそがはだけないように気をつけながら。

 どんな絵がらの反物ができるのだろう。そのころにまた見に来ようと鳥は思いました。


五右衛門ごえもんものがたり

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 行列からさらにはなれた場所から、男の心の声が聞こえてきました。
「あーあ。家に帰りたないなあ。どこで時間つぶそか」
かない顔をしている男は五右衛門ごえもんといいます。
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 朝、家を出るとき、子どもたちと言い争ったことを思い出しているのです。子どもたちはお父さんに遊んでほしくて、「お父ちゃん行かんといて」と五右衛門ごえもんの着物のそでをつかんで引き止めました。

 「年に一度の大事なすみよしさんの祭礼なんや」と五右衛門ごえもんはらうと、「お父ちゃん、お酒飲みたいだけやろ」と長男の太ろうが言いました。

 「アホなこと言いなや。住吉すみよしさんのバチが当たるで」

五右衛門ごえもんは思わず太ろうき飛ばしました。太ろうの小さな体はっ飛び、ゆかにしりもちをつきました。

「お父ちゃんのアホ。お父ちゃんなんか嫌いや」
ろうが泣きながら言うと、弟の二ろうと三ろうも「お父ちゃんなんかきらいや、きらいや」とわめきました。

 あんまりさわががしいので、おくの部屋で赤んぼうの四ろうにおっぱいをあげていた女房にょうぼうのお千代が出て来て、
「もうあんた、出かけるんやったらはよ行き」と五右衛門ごえもんを追い立てました。
「ああ行ったる行ったる」と五右衛門ごえもんは怒りながら出て行きました。
「お父ちゃん、帰って来んかてええで」と太ろうの声が中にさりました。
 五右衛門ごえもんが足もとの石ころを思いっきりると、下から飛び出した小指が石ころの角に当たり、足袋たびに血がにじみました。まったく、んだりったりとはこのことです。

 「太ろうがあんなこと言うからや。親を大酒飲みばわりしやがって」五右衛門ごえもんの心の声はぼやき続けます。

 太ろうを思わずき飛ばしたのは、太ろうの言ったことが当たっていたからでした。たしかに、五右衛門ごえもんは祭礼の後に飲むお酒が楽しみだったのです。長い長い道のりをねり歩いた町人たちに「今年もありがとう。来年もよろしく」とふるまわれるお酒のおいしいこと。

それを目当てに五右衛門ごえもんは毎年行列に加わっていたのでした。

 けれど、五右衛門ごえもんは今年の行列には加わりませんでした。こんなかない顔でねり歩いたら、住吉すみよしさんのバチが当たりそうな気がしたのでした。そのかわり神社に立ちって、家族の無事と安全を願うお守りを買いました。これを持って帰って、子どもたちと仲直りしようと思ったのです。

 少し気持ちが軽くなった五右衛門ごえもんは、大好きなお酒を飲みました。ところが、お酒を飲むと、また朝のことがいまいましく思い出されて、

「アホたれ。おれはこんなに家族のことを考えたってんのに、あいつら、なーんもわかってへん。だいたい、女房にょうぼうがあいつらを甘やかすからや」とつまへの不満まで飛び出して、ちょいと一杯だけのつもりが二杯、三杯……。

 おや、せっかく買ったおまもりが、足もとに落ちてしまっています。五右衛門ごえもんはお守りを落としたことに気づかず、ぶつくさ文を言い続けています。こんな調子で家に帰ったら、仲直りどころか、またもめてしまいそうです。鳥は落としものを教えてあげたい気持ちにかられましたが、それはできません。心の声は人間から鳥への一方通行なのです。



日世輪酒太郎ひよわさけたろうものがたり

 今度はどこかの家の庭先から男の心の声が聞こえてきました。
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 「なんでわかってくれへんのやろ」
神社におさめるこいをたらいであらいながら、暗い顔をしている男は、日世輪酒太郎ひよわさけたろう。その名の通り、ひ弱で気が弱く、酒の力を借りなければ言いたいことも言えません。
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 女房にょうぼうのお熊は、酒太郎さけたろうよりも体が大きく、声も大きく、くまおそいかかってきたら手でたおしてしまいそうな強い女です。酒太郎さけたろうは結婚したときからずっとおくましりかれっぱなしです。けれど、酒太郎さけたろうは、そんなおくまのことが大好きなのです。おくまの太いうでも、力士のような立派りっぱはらも、地ひびきを立てる勇ましい歩き方も、酒太郎にはたのもしく、まぶしいばかりでした。

 「なべぶたおれとおくま合いの夫婦ふうふや」

口に出したことはありませんが、一生おくまについて行こうとちかっていました。
 おくまが地鳴りのようないびきをかいてねむるそばで、月を見上げて酒を飲む時間が、酒太郎さけたろうは幸せでした。
 ところが、昨ばんのこと。いつものように酒太郎さけたろうが一人で酒を飲みはじめると、おくま突然とつぜんばっと起きて、酒太郎を負い投げしました。そして、おどろきといたみで何も言えない酒太郎に言い放ったのです。
 「あんた、うわ気してるやろっ」
酒太郎さけたろうには、まったく身に覚えのないことでした。たたみに打ちつけられた中をさすりながら、「うわ気なんか、してへん」と消え入りそうな声で言い返しましたが、おくまは信じてくれません。「うそや。わかい女とこっそり会ってたやろっ。このことは内しょやでってうれしそうに話してたやんっ」すごみのあるおくまの大声に障子しょうじの紙がふるえ、酒太郎さけたろうふるえ上がりました。きっとおくまは変なゆめを見たのだろうと酒太郎さけたろうは思いました。朝になったら、けろりとわすれているにちがいありません。

 ところが、夜が明けてもおくまはまだおこっていて、朝ごはんは、たくあん二切れだけでした。

うわ気なんか……そんなこわいことできるわけないやろ」

いたうでを動かしながら、酒太郎さけたろうこいあらいます。

 昨夜おくまに投げ飛ばされたいたみが体のあちこちに残り、動かすたびに悲鳴を上げます。

 ほねが折れてなかっただけまだ良かった、と酒太郎さけたろうは思いました。一番きずついているのは、うででも中でもなく、心でした。

わかい女なんか知らん。言いがかりもええとこや。女房にょうぼうに内しょなんか……」

ふと酒太郎さけたろうは手を止めました。

「もしかしたら……」

そのわかい女というのは、神社の巫女みこさんのことではないかと思い当たったのです。

 三日ほど前のことです。神社におさめるこいをさばいたときに出る骨や内ぞうなどの「あら」を特別に持ち帰っても良いと巫女みこさんが酒太郎さけたろうに伝えに来たことがありました。酒太郎さけたろうはおくまおどろかせて喜ばせてやろうと思い、このことは内しょにと巫女みこさんに言いました。

そのやりとりをたまたまおくまが見ていたのではないだろうか……。

 「なんや、それやったら、こいのあらをおくまに見せて、お前の思い過ごしやて言えばむ話や」

そう思って、酒太郎さけたろうはほっとした顔になりました。

「それにしても、おくまのやつ、おれを投げ飛ばすほど焼きもち焼いとったとはなあ。あいつもおれにべたれなんやなあ」

 酒太郎さけたろうはにやにやしながらこいあらいました。そんなに力を込めたらうろこがはがれ落ちてしまうのではと鳥ははらはらしながらも、酒太郎さけたろうにつられて、にやにやしてしまいました。

 ひ弱な男と、くまのように強い女。そんな合いのふうふ婦もあるのだな、人間って面白いなと鳥は思いました。



エピローグ

 祭礼の中から外から、いろんな人間の心の声が、ひっきりなしに聞こえてきます。まだまだ聞いてみたい気持ちはありますが、鳥はつかれてきました。体力を使いきってしまう前に、寝床ねどこへ帰ったほうが良さそうです。鳥は何百年も彼方かなたさかいの町を目指して、金色の羽根を羽ばたかせました。
 建物が空へ向かってび、舗装ほそうされた道を自動車が行き交うのが見えてきました。

 遠い昔のみかどねむると言われる古ふんには、新しい木々が植えられ、美しい森が形作られています。
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 そこは、反物屋のお育や酒飲みの五右衛門ごえもんの孫の孫の孫たちがらす今のさかいの町です。ひ弱な酒太郎さけたろうと強いおくま夫婦ふうふの孫たちもらしています。うどんを食べて長生きのつるつるさんの孫たちは何人になったのでしょう。面倒めんどうくさがりやの志家男しけお結婚けっこんできたどうかかはわかりません。ピリオド・マネー・ドル・ユーロが戦争へ行かずにんだのかはわかりません。著津波亜ちょっぱー瓦版かわらばんが一度でも評判ひょうばんになったのかどうかはわかりません。

 けれど、鳥が見てきた祭礼の日と今は、たしかにつながっています。あの日から毎日がつながって一年になり、百年になり、西暦せいれき二千十五年の今があります。

 そして、「住吉すみよしさんの祭礼」は今も受けがれています。昔とはいくぶん姿すがたを変えていますが、この先一年も家族が無事に過ごせるようにといのる人々の気持ちは変わりません。これからも、いつの時代も、変わらないことでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 建てえが始まったさかい市民会館が見えてきました。その前を走る大通りは、フェニックス通りです。七十年前の世界大戦でさかいの町は大部分が焼けてしまいました。たくさんの人が家族を失い、家を失い、希望を失いました。赤紙で戦争に取られた男の人たちの多くも命を落としました。その後、町の復興ふっこうを願って、「不死鳥」を意味するフェニックスの木が町の中心に植えられたのでした。その木の一本に鳥は静かにまれていきました。

(おわり)

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