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堺市
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平成26年2月19日開催(「私の仕事のモットーと進め方」若手男性職員対象)

更新日:2014年3月4日

 今回は、男性職員11人が参加して、「私の仕事のモットーと進め方」をテーマに開催しました。

市長メッセージ

1 はじめに

 一昨日、殿馬場中学校の工事によって発掘された堺環濠都市遺跡を見てきた。そこからは、羽子板や下駄といっしょに茶器も出てきた。この辺りは中心部から外れた民家跡なので、環濠内では普通の人々が16世紀頃からお茶をたしなんでいて、文化程度が高かったことがわかる。
 私は、堺では歴史・文化を将来まで受け継いでいかねばならないと思う。

2 私たちに宿る3つのDNA

 特別なDNAが私たちには宿っていると考えている。このことは中谷彰宏氏とも話をしていて、「堺の3つのDNA」と言っている。つまり、世界に飛び出し挑戦する、冒険者としての「南蛮貿易の遺伝子」、古墳群造営の頃から受け継ぐものづくりの「匠の遺伝子」、多様性を受け入れる「自由の遺伝子」である。
 堺で生まれた人、堺に住む人はこのDNAを持っていると、あちこちで話してきた。

3 堺市発展の軌跡“堺はひとつ”

 明治元年に、堺県が設置されたが、その後奈良県全域を合併し大きな区域となった。このことから奈良は、大きな勢力に取り込まれることを嫌い、現在も関西広域連合に加入していないといわれている。しかしながら、堺はその後大阪府に編入され、堺県は廃止されることとなった。これは、摂津一国で小さく、経済力も弱かった大阪が堺の経済力を求めたからである。
 たらればの話であるが、堺が大阪に取り込まれていなければ、近鉄南大阪線も阿倍野に行かずに堺に向かっていたという人もいる。そうであれば、都市としてのたたずまいが大きく違っていただろう。
 明治22年には、堺を含む全国31都市で、最初の市制が施行された。この当時は、市域は土居川の内側のみで、人口も4万7千人程度であったが、その後周辺の町村と合併を繰り返し、市域を拡大していった。私の地元である黒土(当時の金岡村)も堺市と合併するかどうか真剣に議論し、将来を考えて合併したのである。そして平成17年2月に、当時の美原町と合併し今の市域となった。おかげで政令指定都市になった。
 また、昭和36年当時の市長、河盛氏は100万都市構想を唱え、政令指定都市になることをめざした。そしてようやくその45年後に、政令指定都市へ移行した。周辺町村とアイデンティティを同じくして政令指定都市となったのであり、これからも堺市はひとつとして発展していく。

4 堺・3つの挑戦+1

 「どんな堺にしたいのか。」を選挙の中でマニフェスト「堺ビジョン1・3・1」として示した。1はストップ大阪都構想、3はマスタープラン3つの挑戦、1は東日本大震災を受けてプラスワン「市民が安心・元気なまち堺」を加えた。平成26年度当初予算案はこれらを具現化するためのものであり、市長2期目としての取り組みの骨格となるものである。

5 私の仕事のモットーと進め方

(1)私が30歳であった頃

 大阪府の人事課職員として、職員の採用、異動等を担当していた。冬と春が忙しく、ピーク時には職場に泊まり込んで仕事をする状況だったが、課の親睦会は「夏秋会」と称されたように、夏と秋は子どもと過ごすように心がけて、1年の中でメリハリをつけていた。
 また休日は堺市立中央図書館で係長級昇任試験の勉強をしていた。このように大変忙しい日々だったが、仕事の重要性を認識してやりがいを感じていたので、気力もみなぎっておりいい時期だった。
 また、その当時からできるだけ公務員の枠にとらわれないようにしたいと思い、民間企業にいる友人と勉強会をしたりして、自分の幅を広げるようにしていた。

(2)公務員、堺市職員の仕事とは

 公務員の仕事が素晴らしいと思ったのは、美原町に出向し、市町村行政に直接携わった時である。府庁では住民に直接関わることがなかったので、市町村行政に魅力を感じ堺市にも注目してきた。
 大阪府・市では公務員を「身分から職業へ!」と言っている。公務員は特権に守られているということだろうが、私は更に「勤労者から全体の奉仕者へ!」と言っている。皆さんは特に、公平公正な対応と、税の効率的な執行を心がけてほしい。自分の家計であれば、そのお金を使うかどうかということを考えてほしい。予算があるから使うというのではなく、効率的に使わなければならない。

(3)何をモットーとするか

 自分の生き方に責任を持つことをモットーにしてほしい。皆さんには、仕事を通じて自己実現を図ってほしいと思う。65歳まで仕事をしてもらわなければならないだろうが、人生で一番いい時期、時間を職場で過ごすのであるから、自分を高めるような仕事をしてほしい。私は堺で生まれ、育ち、朽ち果てることになるので、子孫が「いい加減なことをした。」と言われないような仕事をしたいと思っている。皆さんも、市の職員として責任を持った仕事をしてほしい。

意見交換

 市長のメッセージの後、テーマに関する話題を中心に自由闊達な意見交換が行われました。一部を抜粋してお知らせします。

参加者
 私のモットーは、(1)スケジューリングのために紙に書き留める、(2)優先順位をつける(市民対応に直結するものを優先)、(3)ミクロ(担当業務)とマクロ(市政全般)の視点を持つ、である。

市長
 私も紙を持ち歩き、今日何をやるかを書いて、それを消し込んできた。1日の中でもチェックすると仕事をうまく進めることができる。

参加者
 モットーは2つある。(1)市民目線で業務に取り組むこと。特にお金は税金によるものを意識して取り組むこと。(2)行動力を持って取り組むこと。上司、先輩には知識は負けるが、若さと行動力で負けないようにしている。

市長
 市民目線の「市民」が何かを意識しないといけない。個人的な意見でなく、大半の市民がどう言うか、思うかを考えること。そのためには、市民へのヒアリングや先輩の意見を聞くことが大事である。

参加者
 市民目線について、過半数の人がどう思うかということも分かりますが、地元で青年団などの活動をしていると、実は少数派の意見が大事ということを実感することがある。そのような少数派の声をどう引き出せばいいと思いますか。

市長
 声なき声をいかに引き上げるかは行政として一番大事である。少数派であっても、安全安心や、生命に対する危機、最低限度完備しないといけないことは大切にすること。必ずしも過半数の意見でなく、臨機応変に少数の意見を拾い上げることは常に考えておかなければならない。

参加者
 「この声は拾う」というものを自分の中に持つということですね。

市長
 その通り。自分で考えておかないといけないが、独りよがりにならないよう他人の意見も聞くこと。またグループの中で少数意見を引き出すには、リーダーとメンバーが相互に役割を果たせることが大事。難しいことだが、経験を積んでいってほしい。

参加者
 積極性を持つことをモットーとしている。例えば、(1)窓口には一番に出ること、(2)疑問点は積極的に質問し、その場で解決すること、(3)今回のように研修にも積極的に参加し、内容を自分のものすること、である。

市長
 日常のことをしっかりやることも大事だが、非日常にチャレンジすることも大事。様々な機会をとらえてチャレンジしてほしい。幸運の女神には後ろ髪がないと言う。チャンスは通り過ぎた後では捕まえられない。

参加者
 私のモットーは3つあり、(1)電話ではなく、現地で直接話をする現場主義、(2)上司や先輩には、自分の意見を示した上で質問すること、(3)ワーク・ライフ・バランスを保つために優先順位をつけ、仕事と家庭のメリハリをつけること、である。

市長
 先日、かねがね市民から指摘を受けていた現場を見てきた。現場に行ったら市民の意図や状況がよくわかり、正しく判断することができる。

参加者
 仕事の進め方については、子どもが生まれてからタイムマネジメントを意識するようになった。昔は残業してたくさんの業務をこなすことで仕事ができていると考えていたが、今は限られた時間内にいかに多くをこなすか改善を考えながら取り組んでいる。

市長
 原理原則を貫いて仕事をすることも大事だが、時機を見て柔軟に対応することも大事である。4年5ヵ月前、市長になった時、議会はオール野党でいろんな軋轢もあった。けれど私は必ず乗り切れると思った。それは私が堺生まれの堺育ち、堺が好きで市長になったので、話をしたら分かり合えるという自信があったからだ。大規模事業の議論をする中では、ガチンコも大切だが、柔軟に対応することも大切だと実感した。皆さん方もどこで折り合いをつけるかも考えて仕事を進めてほしい。

参加者
 入庁8年目で、その前は民間企業に5年いた。人の役に立つ仕事がしたいと思い、公務員になった。市民サービスの視点を日常の中で忘れそうなときは、自分がなぜ公務員になったのかを思い出すようにしている。また、業務のアウトソーシングにより、職員の技術力の低下が懸念されているので、資格取得のために勉強している。

市長
 勉強していないと、いざというときに課題をクリアーできない。日頃から勉強することが大事である。頑張ってください。

参加者
 心がけていることは3つで、(1)タイミングを逃さないこと、(2)事前調査をしっかり行いプランを立てること、(3)情報を組織で共有すること、タテ、ヨコで共有すること、である。

市長
 その3点をしっかり押さえて取り組んでいることをうれしく思う。公募幹部職員によると、市の職員はしっかり物事を考えて仕事をしているが、民間企業と違うのは保守的だということである。ある意味チャレンジングな職員が今の時代大切である。全てがチャレンジでもいけないが、ここはという点は上司に提案していってほしい。そのためには、自分の足元の仕事をしっかり把握することで、問題点を見出せ、次のステップにチャレンジできる。皆さんには、新しい公務員文化を作るぐらいの気持ちを持ってほしい。

このページの作成担当

総務局 人事部 人材開発課
電話:072-228-7194 ファックス:072-228-8823
〒590-0078 堺市堺区南瓦町3番1号 堺市役所本館5階

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