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区の概要・区域図

区の概要

 西区は、人口約13万人、面積28.62平方キロメートル、世帯数約5万世帯で、市の西部に位置し、西には大阪湾が広がり、南西部は高石市、和泉市と接し、南海本線、JR阪和線、阪堺線の鉄道や阪神高速湾岸線、国道26号などの幹線道路が整備されています。
ばら庭園の写真
ばら庭園
(浜寺公園内)

惜松碑の写真
惜松碑
(浜寺公園内)
 区の西部には魚庭(なにわ)の海(大阪湾)が開け、かつては東洋一の海水浴場と謳われ、白砂青松の景勝地として、多くの人達が遊覧に訪れる大型リゾート地として栄え、大変な賑わいを見せていましたが、現在は臨海工業地帯に姿を変えています。

浜寺公園駅舎の写真
浜寺公園駅舎
(浜寺公園町2丁)
 近くには、現在も守り継がれている松林をはじめ桜やバラの花が美しい浜寺公園があり、園内には与謝野晶子や大久保利通の歌碑(惜松碑)もあり、憩いの場として多くの人々が訪れています。明治40年建築の浜寺公園駅舎は、西区民の人気のスポットになっています。

和泉式部宮の写真
和泉式部宮
(平岡町)

北畠顕家の供養塔の写真
北畠顕家の供養塔
(浜寺石津町中5丁)
 また、区域の中央部のなだらかな丘陵地は、現在住宅が立ち並んでいますが、今から約3,000年前の縄文時代から人が住み始め、弥生時代には四ツ池遺跡に見られるような大集落がありました。
 平安時代になると熊野詣が盛んとなり、小栗街道や紀州街道などを中心に、人々の交流の要衝として栄え、大和時代に建立された和泉国一宮の大鳥大社など現在もいにしえの歴史を感じさせる旧跡が残っています。「やっさいほっさい祭」で有名な石津太(いわつた)神社や、南北朝時代の武将・北畠顕家の供養塔、珍しい横倒しになった地蔵(横寝地蔵)なども、これらの街道沿いにあります。
 その他、履中陵や文殊塚古墳などの文化遺産が残っており、平安時代の歌人・和泉式部の居宅跡(和泉式部宮)も隠れた名所になっています。

家原大池公園の写真
家原大池公園
(家原寺町1丁)
 家原大池公園は、家原大池体育館に隣接し、周りは池で囲まれていますが、安全で子ども達がのびのびと遊べる公園です。 
 区の南部には、現在も田園風景が多く残っており、国の重要文化財に指定されている日部神社や行基と関係の深い寺やため池などもあるなど、西区はバラエティ豊かな区域となっています。

日部神社の写真
日部神社
(草部)
 毎年10月頃には、「だんじり」や「ふとん太鼓」などの、地域の人たちが力を合わせて守り続けてきた伝統の秋まつりが催され、区内外から数多くの見物人が訪れ、まちは活気を増し、区全体に賑わいをもたらしています。
 本年4月には、都市再生緊急整備地域の指定を受けた鳳駅南地域内に防災機能を備えた「鳳公園」が新たに開園されました。この公園は、普段は区民の憩いの場として、また災害時には区民の避難場所や防災拠点となり、安全・安心のまちづくりのシンボルとして新しい名所になるものと期待しています。

区域図

区域図