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仁徳天皇陵古墳周辺

更新日:2017年10月10日

仁徳天皇陵古墳周辺マップ

古墳リスト

1.仁徳天皇陵にんとくてんのうりょう古墳

墳丘長486メートルの前方後円墳。日本最大の古墳であり、エジプトのピラミッド、中国の秦始皇陵とともに世界三大墳墓の一つに数えられるほか、北側の反正天皇陵古墳、南側の履中天皇陵古墳と合わせて百舌鳥三陵と呼ばれている。前方部と後円部に長持形石棺を納めた竪穴式石槨がある。明治5年に発見された前方部の竪穴式石槨では副葬品として金銅装の甲冑などが確認されており、この甲冑を描いた図は堺市指定有形文化財ともなっている。三重の周濠をもつ。5世紀中頃。総面積:464,123平方メートル。

8.永山ながやま古墳

墳丘長100メートルの前方後円墳。仁徳天皇陵古墳の陪塚として宮内庁が管理しているが、形態や規模から陪塚ではないとの意見もある。5世紀。

9.長塚ながつか古墳

墳丘長106.4メートルの前方後円墳。現在、周濠は埋没しているが、発掘調査によりその存在が確認されている。5世紀中頃から後半。国史跡。

10.丸保山まるほやま古墳

墳丘長87メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。仁徳天皇陵古墳の陪塚として後円部は宮内庁が、前方部と周濠は堺市が管理している。5世紀中頃。国史跡。

14.竜佐山たつさやま古墳

墳丘長61メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚として宮内庁が管理。5世紀後半から末頃。

15.収塚おさめづか古墳

墳丘長57.7メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。仁徳天皇陵古墳外周にあり、陪塚と考えられる。大仙公園で保存。5世紀中頃。国史跡。

17.孫太夫山まごだゆうやま古墳

墳丘長56メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚として宮内庁が管理。5世紀中頃。削られた前方部は復元されて堺市が管理。

20.菰山塚こもやまづか古墳

墳丘長33メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚として宮内庁が管理。

23.大安寺山だいあんじやま古墳

墳丘直径62メートルの円墳。仁徳天皇陵古墳の第一堤上にあり、陪塚として宮内庁が管理。

25.茶山ちゃやま古墳

墳丘直径56メートルの円墳。仁徳天皇陵古墳の第一堤上にあり、陪塚として宮内庁が管理。

26.たに古墳

墳丘直径47メートルの円墳。仁徳天皇陵古墳の外濠内にあり、陪塚として宮内庁が管理。

27.源右衛門山げんえもんやま古墳

墳丘直径34メートルの円墳。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚として宮内庁が管理。

30.塚廻つかまわり古墳

墳丘直径32メートルの円墳。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚と考えられる。明治45年に発掘調査が行われ、勾玉や鏡などが出土した。5世紀中頃。国史跡。

31.狐山きつねやま古墳

墳丘直径30メートルの円墳。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚として宮内庁が管理。5世紀後半。

32.鏡塚かがみづか古墳

墳丘直径26メートルの円墳。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚と考えられる。5世紀中頃。国史跡。

38.坊主山ぼうずやま古墳

墳丘直径10メートルの円墳。

42.銅亀山どうがめやま古墳

墳丘一辺26メートルの方墳。仁徳天皇陵古墳の外周にあり、陪塚として宮内庁が管理。

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電話:072-228-7014 ファックス:072-228-7251
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