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いたすけ古墳・ニサンザイ古墳周辺

更新日:2018年3月20日

M18 いたすけ古墳

百舌鳥エリアの中央部に位置する前方後円墳。
墳丘長は146m、後円部の高さは11.4mである。幅が広く、長さの短い前方部の形状が特徴的である。墳丘からは円筒埴輪のほか、形象埴輪がみつかっている。築造時期は5世紀前半である。
昭和30年頃には宅地開発による破壊の危機にさらされたが、市民を中心とした保存運動によって破壊をまぬがれた。この古墳から出土した冑(かぶと)の埴輪は、堺市の文化財保護のシンボルになっている。

M19 善右ヱ門山ぜんえもんやま古墳

いたすけ古墳の濠に接して造られた方墳。いたすけ古墳の付属墳と考えられる。
墳丘長は28mに復元されている。小石が敷かれた平坦面には円筒埴輪が並べられていた。築造時期は5世紀前半である。

M20 御廟山ごびょうやま古墳

百舌鳥エリアの中央部に位置する前方後円墳。
墳丘長は203m、後円部の高さは18.3mである。築造時は二重の周濠をもつ古墳であった。
発掘調査の結果、墳丘に造られた平坦面から隙間なく並べられた円筒埴輪が出土した。造り出しからは、囲形(かこいがた)埴輪、家形埴輪、魚やザル形の土製品など、多様な遺物が出土した。
築造時期は5世紀前半である。

M21 ニサンザイ古墳

百舌鳥エリアの南東の端に位置する巨大前方後円墳。
墳丘長は約300m、前方部の高さは25.9mである。築造時は二重の周濠をもつ古墳であった。
発掘調査の結果、後円部東側の濠の中から墳丘と堤をつなぐ大きな木橋の痕跡が発見された。
墳丘に造られた平坦面から隙間なく並べられた円筒埴輪がみつかった。造り出しには須恵器の大甕(おおがめ)が見つかっており、濠からは形象埴輪や木製の埴輪も見つかっている。
築造時期は5世紀後半である。

8 東上野芝町ひがしうえのしばちょう1号墳

規模不詳の円墳。独立した古墳である。

15 文珠塚もんじゅづか古墳

墳丘長59.1メートルの前方後円墳。百済川をはさんだ南の丘陵上に独立して位置する。5世紀。国史跡。

16 万代山もずやま古墳

後円部径25メートルの前方後円墳。御廟山古墳の陪塚と考えられる。

17 鎮守山塚ちんじゅやまづか古墳

墳丘直径34メートルの円墳。独立した古墳である。5世紀中頃。

18 御廟表塚ごびょうおもてづか古墳

墳丘長84.8メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。独立した古墳である。5世紀後半。

19 じょうやま古墳

墳丘長69メートルの前方後円墳で前方部は短い帆立貝形をしている。独立した古墳で城の山公園内で保存されている。5世紀後半。

20 ドンチャやま古墳

墳丘直径26メートルの円墳。独立した古墳である。陵南中央公園内で保存されている。6世紀前半以降。国史跡。

21 正楽寺山しょうらくじやま古墳

墳丘直径15メートルの円墳。独立した古墳である。陵南中央公園内で保存されている。6世紀前半以降。国史跡。

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電話:072-228-7014 ファックス:072-228-7251
〒590-0078 堺市堺区南瓦町3番1号 堺市役所高層館5階

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