このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動
堺市
  • 音声読み上げ・文字拡大・ふりがな
  • サイトマップ
  • くらしの情報
  • 子育て・教育
  • 健康・福祉
  • 観光・歴史・文化
  • 産業・ビジネス
  • 市政情報


本文ここから

履中天皇陵古墳と七観山古墳の出土物を展示します

更新日:2017年7月16日

会期

平成29年7月25日(火曜)から平成29年9月3日(日曜)
休館日:月曜日

展示概要

百舌鳥古墳群のなかで最初に築造された大王陵とされる履中天皇陵古墳は全国第3位の規模で、墳丘などからは多くの埴輪片が出土しています。
今回の展示では大型の靫形埴輪を宮内庁書陵部より借用して展示します。

また、七観山古墳は履中天皇陵古墳の北側にあった円墳で、履中天皇陵古墳の陪冢であり、遺体を埋葬した痕跡が認められないことから副葬品だけを埋納した古墳と考えられています。
今回は大正2年に発見された遺物を大阪城天守閣より借用して展示しています。

同時開催している履中天皇陵古墳の陪冢である寺山南山古墳から出土した遺物を展示した「寺山南山古墳発掘調査速報展」とともにご覧いただくと、大王陵と陪冢の関係を理解していただけます。

展示内容

〇履中天皇陵古墳
靫形埴輪ゆきがたはにわ 2点 (宮内庁書陵部蔵) ※靫とは矢を入れて背負う道具です。
〇七観山古墳
 三角板皮綴衝角付冑さんかくいたかわとじしょうかくつきかぶと 2点、竪矧細板鋲留衝角付冑たてはぎほそいたびょうどめしょうかくつきかぶと 1点、素環頭太刀そかんとうたち 1点、直刀ちょくとう 1点、頸甲あかべよろい肩甲かたよろい 2点(大阪城天守閣蔵)

大正2年に墳頂部にあった植木の移植時に発見された遺物は主に大阪城天守閣が所蔵しています。その後、発見された2基の主体部に遺体を埋葬した痕跡はなく、鉄製品を中心とした副葬品が埋納された古墳であったことがわかりました。
履中天皇陵古墳の築造年代を考える上でも貴重な資料です。

こちらも大正2年に発見されたものです。素環頭太刀は全長約87センチ・刃部長68.1センチを測ります。
また、直刀は全長72.5センチ・刃部長64センチです。

※画像提供:大阪城天守閣 画像の転載はご遠慮ください。

このページの作成担当

文化観光局 博物館 学芸課
電話:072-245-6201 ファックス:072-245-6263
〒590-0802 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内 堺市博物館

このページの作成担当にメールを送る

本文ここまで



以下フッターです。
Copyright © Sakai City. All Rights Reserved.
フッターここまでこのページの上へ戻る