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慧海と堺 ―日本人で初めてチベットに入国した男のルーツに迫る―

更新日:2016年11月17日

慧海と堺展チラシ

概要

 河口慧海(1866~1945)の生誕150年となる本年、生誕の地である堺で、慧海の人と事績さらには慧海を生んだ堺の地に焦点をあてた記念事業を開催します。

 慶応2年(1866)堺山伏町(現在の堺区北旅籠町西3丁)に生まれた河口慧海は、仏教の原典をもとめて日本人で初めてヒマラヤを越えて当時鎖国下のチベットに入った人物として知られています。帰国後刊行された『チベット旅行記』は、仏教学者だけではなく民族学者、探検家にも高く評価され、英訳も出版されました。

 資料の展示は、当館のほか、堺市立町家歴史館清学院、同・山口家住宅の3か所で行います。当館では「慧海とその思想」というテーマで、このたび新たに発見されたチベット脱出時の日記(1902)を全ページ公開するほか、チベット仏典研究にかけた慧海の情熱がうかがえる『蔵英辞典』、慧海の求めに応じて近代彫刻史の巨匠高村光雲が制作した釈迦牟尼仏像など、チベットから帰国後の慧海の活動とその思想がうかがえる資料を展示します。

会期

平成28年10月26日(水曜)-12月4日(日曜)

主な展示品

〔新発見資料〕河口慧海日記 明治35年(1902) 個人蔵
このたび遺族宅で新たに発見された河口慧海の日記。
ラサ滞在中の明治35年1月1日からチベットを脱出してインドのダージリンに着いた後の8月17日までの分。日本人であることが露見する危機に見舞われた慧海が、チベットとインドとを結ぶ表街道を進み、機知によって5つの関門を次々と突破してゆくスリリングな経過を、淡々とした筆致を通して追体験することができる。 

蔵英辞典 サラット・チャンドラ・ダース(1849~1917)編  1902年刊 個人蔵
インド人チベット学者ダースが慧海に贈ったチベット語・英語辞典。各ページには慧海による書き込みがびっしりと記され、慧海の情熱が伝わってくる。

関連行事

講演とパネルディスカッション「慧海と堺」
平成28年11月3日(木曜・祝)13時30分~15時30分
※申込み締め切りました
問合せ先)堺市文化財課 072-228-7198

このページの作成担当

文化観光局 博物館 学芸課
電話:072-245-6201 ファックス:072-245-6263
〒590-0802 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内 堺市博物館

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