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堺市
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平成26年度 第2回 堺市博物館活性化戦略会議 

更新日:2016年8月2日

日時

平成26年8月20日(水曜) 午後3時から

場所

堺市役所本館 4階 庁議室

会議録

ミュージアムディレクター(市長)挨拶

竹山市長

 本市は堺市博物館という立派な施設を持っているので、その発信する力が求められる。そして、堺の古くからの歴史文化に関するものを収蔵して、将来に渡って市民の方々に観ていただくことが大事である。堺市博物館は、我々の誇り、「シビック・プライド」が詰まっている場所だ。それをそのままにせず、もっと市民の皆さんといっしょになって、この前に中谷さんがおっしゃっていたような「ストーリー性のある博物館」「出会いの場である博物館」へと、工夫を重ねて取り組んでいくことが大事だと思う。そのような意味で、いろいろな観点から博物館を総点検して見直していきたい。
 今日は籔内先生にお越しいただいてご提言をお伺いしていきたい。本日は、市民の皆さんも傍聴に来ていただいているので、市がどのような方向性で博物館のことを考えているか、透明性を高めながら議論していきたいと思っている。

案件 籔内佐斗司さん(彫刻家 堺名誉大使)による博物館活性化への提言

籔内名誉大使

 私は大阪市の阿倍野で生まれ、小学2年生のときに堺市の浜寺に移ってきた。浜寺は良質な住宅街で立派なお屋敷が並んでいて緑もいっぱいあった。その頃は、堺の海辺には砂浜があり海水浴場があったが、数年後には臨海工業地帯の造成が始まった。浜寺昭和小学校の5年生の頃には、石油コンビナートができ、煙突から炎があがるようになった。引っ越した時は、「浜寺ってなんて素晴らしいところやろ」と子どもながらに思ったのが、臨海工業地帯の造成によって大きく変わっていき、「えらいことが起きているなあ」という不安感があった。砂浜がどんどんなくなっていった。日本全国がそのような時代だったのだが、光化学スモッグなども起きるようになった。昔から浜寺に住んでいた人は本当に嘆いておられた。
 その後、浜寺中学校に進学したが、学校のすぐ横には「四ツ池遺跡」があった。冬になって池の水が抜かれると、土器が拾えるという噂を聞き、三十分くらいでバケツ一杯になるほど拾った。それを社会科の先生のところへ持って行ったら、鵜飼の鵜みたいに召し上げられた。その後、発掘調査が行われ、大規模な住居址だとわかっていった。学校の便所の増築のため敷地を掘ったら、そこからも住居址が出てきた。「すごい場所に学校があるな」と感じた。三国丘高校では、すぐそばに反正天皇陵古墳があった。堺に住んでいる人間にとっては、「学校の敷地に住居址がある」「学校の目の前に天皇陵がある」「電車に乗れば仁徳天皇陵や履中天皇陵が見える」ということは当たり前のことだった。高校を出てから東京へいったら、そのような体験がなんと素晴らしいものであったかということに気づかされた。
現在、堺の文化政策などをお手伝いさせていただけるようになった。たいへん光栄なことだと思っている。私が子どもの頃から抱き続けてきた堺のまちに対する印象は、これは日本全国でそうだったが、高度経済成長期に産業誘致で市を発展させてきたというものだ。それに対して、これからは、その土地の歴史と文化というものが最高の資産になり、産業につながっていく-今日はこのようなお話をしたい。いろいろなところの「まちおこし」などもお手伝いさせていただいているので、その経験もご紹介したい。
 <最初に画像などで「せんとくん」、「サカイタケルくん」、籔内佐斗司展「やまとぢから」、平成伎楽団などの多彩な活動を紹介される>

◆美術博物館と歴史博物館~性質や役割が違うことを認識したい~

 博物館、ミュージアムには、美術博物館と歴史博物館とがある。性質が全く別のもので、美術館は英語では、<art museum 、a museum of fine  arts>と言い、美術作品を展示する美術館の機能と古い遺物などを展示する歴史博物館の機能とは明確に分けて考えなければならない。たいへんな投資になると思うが、堺市にも美術館は必要であると思う。今の堺市博物館のままで美術館的な利用をするというのは違和感がある。

◆文化財の保護と活用~文化財は活用してこそ保護される~

 文化財は、保護する時代から活用する時代になっている。これは世界的な潮流だ。文化庁のような文科省外局の「監督官庁」だけで文化財行政を行っている国は、今や世界では少数派である。お隣の韓国もそうだが、世界中の多くの国では、観光文化省的な「政策官庁」が観光・文化行政を「国家戦略」の一環として行っている。典型的なのはフランスで、文化を国威発揚のための資源、国力を増すための戦略として使っている。
 わが国には、美術工芸品の来歴を楽しみ、飲食の場で使用しながら、それを愛で、それらを売買することで、「伝世古」(でんせいこ)を伝えてきた茶の湯の歴史を持っている。堺はその源流の場所だ。また、拝まれるべき仏像や道具としての能面、使われるべき茶道具類などは、国公立の博物館に収蔵され本来の機能を失った時点で、実は、本来の魅力を失っていく。「伝世古」は人から人へ伝わった文化財。多くの博物館にあるような土の中に埋まっていたものではない。また、大英博物館やルーブル美術館などにあるものは、ほとんどが盗品だ。19世紀の植民地化時代に、よその地域から持ってきたものだ。一方、ニューヨーク市のメトロポリタン美術館などアメリカの美術館や博物館にあるものは、購入してきたものだ。今、世界の博物館にある古いものは、もともとあったところへ返せという動きが世界的な潮流になりつつあるが、アメリカはお金を出して買ってきているから強い。「お金を払って買ったのだから買い戻してくれるのであれば」という言い方ができる。茶道具も同じで、堺の納屋衆がお金を払って買ってきている。
 文化財は、保護するだけでなく、積極的な活用を図ってこそ、その意義を増していく。活用することを前提とした保存修復処置を講ずる事は、文化財保護の進歩にも寄与する。また、精巧な複製を製作することで、失われた技術の再現や技法の継承など、無形文化財の保護にも繋がる。精巧な複製を製作して展示するという事業は、すでに明治時代に、岡倉天心によって、奈良の優れた仏像の多くを東京美術学校に委託して精巧な模刻を行い、東京国立博物館に展示している。複製品の活用は重要だ。このことによって、近代的仏像研究が飛躍的に進み、また彫刻家の技量も向上したことはよく知られている。博物館の機能には、有形だけでなく、無形の文化財を保存するという役割もある。

◆文化財の保護と活用は、国家や地域社会の民度と知性を表している

 博物館や美術館は、おとなの知性や知的好奇心を満たす施設であることが第一の目的である。おとなが、入場料を払っても行きたくなる施設をつくるべきだ。「子どもたちのための美術館・博物館」は、それに特化した施設として構想されるべきであり、一般の美術館・博物館とは区別されなければならない。入館料を払ってでも見に行きたいという展示をすべきだ。
 世界の名だたる美術館・博物館は、その国の最高レベルの知性を結集して、知の殿堂として機能することを目的としている。世界最高峰のメトロポリタンミュージアムは民営の組織で、経営基盤は多角的な収益事業によって維持されている。

◆文化財の活用は、地域への還元だけでなく、国内外のひとびとへの発信が重要

 旧石器時代から現代まで、継続して人々が高度な文化を維持し続けてきたのが堺市である。その観光と文化政策は、市民サービスという内向きの施策ではなく、国内、国外へも積極的に発信し、堺への観光客を増やし、経済を活性化させる外向きの施策としてとらえる必要がある。そして、それを推進する産業を誘致する投資を行うべきだ。
 堺の町が活性化していた時代は、つねに対外的な働きかけを強く行っていた時期である。堺のポテンシャル向上に寄与すべき施策が必要とされている。堺の町を観光文化都市と位置づけ、いくつかのゾーンに分けて、歴史と文化のテーマパーク型都市に造りかえていくことが重要だ。東京オリンピックやリニア開通など、日本への観光客の増加が期待される時期にこそ、堺市は観光・文化の都市へと脱皮すべきだ。そのために、シティプロモーションと観光文化政策を、市の収益事業の中核として位置づけることが重要である。かつての時代のような産業誘致ではなく、そこにある資産を活かしていく政策だ。

◆堺市を文化・観光都市にするため、堺市内を古代、中世-近世、近代-現代のゾーン分けをする

 【日本の始まりゾーン】は、百舌鳥古墳群と大仙公園、堺市博物館だ。旧石器時代から連綿と続く堺の歴史を体験する。
 【黄金の日々ゾーン】は、「利晶の杜」に加えて、鉄砲鍛冶屋敷と環濠都市テーマパークを創れないか。日明貿易、南蛮貿易にかかわる港の再生や、茶の湯体験ができるようにする。
 【近代-現代ゾーン】は、堺市としてもっと打ち出してもいいと思う。別荘、リゾート地としての繁栄、臨海工業地帯の功罪などがテーマになる。

◆何をどう見せるのか

 百舌鳥古墳群には、およそ50基の古墳が残されており、古市古墳群(羽曳野市-藤井寺市)と並ぶ屈指の古代の聖域だった。この一帯を世界遺産登録に向けての動きも加速している今こそ、観光・文化都市を目指す総合的なまちづくり、環境整備を行う好機である。
 堺市博物館は、4-5世紀のわが国の黎明期を体感しながら、日本を東アジアの歴史のなかで明確に位置づけ、体験ができる空間を創造することによって、市民が堺という土地を愛し、誇りを確信できる博物館とすべきだ。
 また、堺市も、国内外の来訪者に対して、ギリシア、ローマやパリがそうであるように、京都や奈良がそうであるように、歴史を体験することで遊び、国境や民族を超えて共感し楽しめるイメージを提示する必要がある。ベトナムでも、近年は中世の古都に焦点を当てて世界へと発信している。世界文化遺産への登録を進めている今こそ好機である。

◆大仙公園一体を、古代ゾーンとして再整備

 大仙公園は素晴らしい公園だ。ただ、古墳はあまりに大きく、また天皇家の陵墓という性格上、その内部に立ち入る事ができないために、外観を眺める事しかできない。 そのために、古墳がいまひとつ魅力が感じられない原因になっていると思う。しかし、その地の利を活かして、堺市博物館に来れば、「古墳の中を体験できる」仕掛けを造り、大仙公園内に、古墳時代の集落や完成当初の古墳を復元して、4-5世紀の堺を実感してもらうことは効果的だ。来訪者に、一目で4-5世紀の日本を感じてもらえるような空間造りをしたい。

◆歴史的景観の復元

 幾度も焼亡を繰り返した堺の町並みは、歴史的景観を喪失している。特に、第二次世界大戦時の空襲のあと、明確な哲学を持たない都市化・宅地化によって、歴史と文化を感じさせる風格ある町並みを取り戻す事なく現在に至っている。
 「利晶の杜」から大仙公園にかけての大通りに面した地域に対して、建築意匠に制限を加えて、歴史的景観を徐々に回復させ、堺観光の中核地域を演出して、「もういちど訪れたい街」にしてはどうか。また、「大仙公園」と「利晶の杜」のほかに、刀鍛冶や鉄砲鍛冶をテーマにしたまちづくりの構想も効果的だと思う。

◆歴史的景観の復元--ドイツの場合--

 わが国と同じように第二次世界大戦で焦土と化したニュールンベルク、ベルリン、ドレスデンなど中世以来のドイツの町並みが見事に再現されたことは、堺の現状とは正反対の結果となっている。ドイツ国民と政府が、ナチスドイツの災厄を深く反省し、歴史ある町並みを自らの手で復元しようという強い信念に基づいた結果であったことは間違いない。空襲などで焦土となったこれらの都市は、今では、ドイツ観光の中心地になっている。ドイツ人の「ナチス以前に戻すんだ」という強い思い、強い意志でもって、焦土と化した都市をゼロの地点から復元していった。外国からの観光客は、これらが戦後に復元された町並みだとは気が付かない。私はいつも言っているが、真正性、本物かどうかという基準については、有形文化財としての真正性はなくても、無形文化財としての真正性を持っておれば、復元したものでも十分に文化遺産となる。

◆堺市博物館と大仙公園を観光・文化都市「堺」の中核センターに

 これは繰り返しになるが、博物館という施設は、教育施設であるとともに、知的アミューズメントの場としてとらえなければならない。来た人をワクワクさせて、「もう一回来たいな」と思うような施設にしていきたい。「気を感じ、知を養い、美味を提供し、思い出を購う」ということだ。モノだけがあってもだめで、美味しいものを味わいたいし、そこの思い出を買って帰りたいと人は思う。だから、博物館には、モノの展示に加えて、レストランやミュージアムショップが必須。ないと致命傷になる。
 ニューヨーク市のメトロポリタン美術館は、ニューヨークで一番の観光スポットであるセントラルパークの中にあり、観光客の6割はメトロポリタン美術館に行っていると聞いている。セントラルパークとメトロポリタン美術館のように、大仙公園と堺市博物館を位置付けてはどうか。
 メトロポリタン美術館は、1870年に開館した。非常に風格のある建物だ。設立構想は、1866年、パリでアメリカ独立記念日を祝うために集まったアメリカ人たちのパーティで提案された。この会合の参加者のひとりだったジョン・ジョンストンは、アメリカに国際的規模の美術館が存在しないことを憂い、メトロポリタン美術館の設立構想を訴えた。この時点では美術館の建物はおろか、1点の絵画さえ所有していなかった。そのわずか4年後に開館している。基金による購入や、さまざまなコレクターからの寄贈によって収蔵品数は激増し、現在では絵画・彫刻・写真・工芸品ほか家具・楽器・装飾品など300万点の美術品を所蔵し、世界最大級の美術館のひとつとなっている。ちなみに、日本の東京国立博物館も早期に建てられていて、メトロポリタンの2年後の1872年に開館している。ボストン美術館は、6年後の1876年に創立されている。東京国立博物館をつくった岡倉天心は、東洋美術部長としてボストン美術館から招へいされた。
 メトロポリタン美術館は、ボストン美術館とともに、純然たる民営の美術館である。経済基盤は、寄付と収益事業で賄われている。入館料は美術館側の「希望額」として20ドルが表示されている。美術館の運営管理は理事会によって行われている。創立100周年の1970年から始まった大改修計画により、美術館の総床面積は倍増し、さらに充実した展示が可能となった。ミュージアムショップやレストランの充実ぶりも有名で、関連書籍、ミニチュア、雑貨などはインターネットによる通信販売や世界中のショップでも購入できる。ティファニーの銀製品の部門の最大の競争相手は、メトロポリタンの銀製品を取り扱っている部門だといわれている。
 メトロポリタン美術館には、ブルムバーグ市長の娘さんの名前が付いた西洋武具と甲冑の展示場がある。堺市博物館にも、竹山市長ゆかりの展示コーナーをつくってはどうか。古墳から出土している甲冑をずらりと並べるコーナーをつくればいい。たとえ、複製品でも先ほど申し上げた真正性を持ったものを作って展示することによって、素晴らしいものができる。複製品ならどんどん活用もできる。
 <その他、メトロポリタン美術館の特長的な展示場を画像で紹介>
 ぜひ見ていただきたいのは、西アジアの古代の壺などが並んでいる展示室だ。部屋の中に、一つだけ解説板のない壺がさりげなく展示されている。コカ・コーラと赤い文字で書かれた素焼きの壺がそれだ。この部屋のコレクションにお金を出したのがどこの企業なのかが見てすぐわかるようになっている。これが本当の知性とユーモアであり、アメリカという国の強みだ。お金を寄附する、それを上手にアピールするということを洗練された洒落た仕掛けでやっている。
 もうひとつ。エジプト美術を展示している素晴らしい空間がある。本物の神殿を並べるためだけに広い空間を用意した。手前には池があって本物のパピルスを植えている。ガラス越しにセントラルパークの四季を感じれるような造りにしてある。時間帯によって照明も変化させているので、いつ行っても美しい。ここでベネフィットパーティを開いて、財団への寄附を集める。ニューヨーク市民にとって、アメリカ国民にとって、ここへ招待されるということは、素晴らしい勲章になる。みんなでこの美術館をつくっているということが誇りに思えるような仕組みがある。
 理想を言えば、堺市博物館でも、古墳からの本物の出土物で展示室をつくり、そこでパーティができれば素晴らしいことだろう。
 堺市博物館の現状は、教育目的の資料館的展示の古い形式から出ていない。また、世界史的に見ても、これだけの文化遺産が密集している地域でありながら、周辺が住宅地に埋もれ、歴史遺産としての景観が損なわれていることも事実だ。せめて、博物館の中と周辺だけでも、質の高い模型や複製品、そしてヴァーチャルリアリティを駆使した体験型の展示空間を実現すべきだろう。

◆堺を訪れるひとの視点に立った行政サービス

 「利晶の杜」ができたら観光周遊バスが動くそうだが、それはとても大事なことだ。観光客は「わがまま」なものだ。苦労させたら絶対来なくなる。廃校となった学校跡地などがあれば、経済的に持続可能な観光商業施設として活用することもよい。市内に残る旧家を買い取り、博物館周辺に移築して保存・活用するのも一つの方法だ。仕出し、ケイタリングによる催しも考えたい。これは、茶事と同じ考え方である。歴史的な建物の中で食事をする。これは利休さんの時代から堺がやっていることだ。
 公園のなかに築造当時の仁徳天皇陵の巨大模型を造営したり、ジオラマ的なものを館の中に再現したりするというのも効果的だ。資料館的展示から、旭山動物園や天保山の海遊館のような体験型展示も必要だ。古代甲冑や武具の精巧なレプリカ製作は、刀鍛冶、地場産業の協力を得ることによって可能になるだろう。土師器・須恵器の製作体験をして、その器で、堺の農産物・海産物を食べて、その器を持ち帰ってもらうとよい。
 ホームページで見つけたのだが、土塔が素晴らしく整備されている。私が高校生の頃は土盛りだけだったのに、かっこよくなっていた。ここでぜひイベントをしよう。夜に薪能をしたりコンサートをしたりしたくなる。一人芝居も面白い。

◆歴史と文化の町「堺」の創成

 旧石器時代から近現代にいたるまで、堺は連綿と歴史と文化を培ってきた。残念ながらそれらの多くは、実物を失っているが、地名や絵画・文献でたどる事ができる。堺への訪問者が楽しめるような仕掛けを用意して、持続可能な観光施設を民間と協力しながら形成していくことが望まれる。廃校となった学校跡地などに、歴史的町並みを再現して、飲食と物販を提供する観光・商業施設として再生することはいかがだろうか。
 伊勢の「おかげ横町」は、一つの参考例として素晴らしいものだと思う。ここで働いている人は毎朝、お日様に向かって最敬礼する。天照大神をお祭りするお伊勢さんで働いていることからだという。そこで働いている人たちの心も再生しようとしている。ここは、伊勢神宮内宮鳥居前の「おはらい町」に接して、1993年に140億円をかけて造られた2,700坪の飲食・物販施設で、経営母体は、「株式会社赤福」の子会社「有限会社伊勢福」だ。年間来園者は、452万人。入場料は無料。飲食店舗10店、物販店舗31店、その他5店。おかげ座は、トータルメディア開発研究所(凸版関連企業)がプロデュースしている。瓦葺き・鉄骨造・木造(栂)の町並みの再現と、「施行(もてなしの心)」の再生をメインテーマにしている。おはらい町は、伊勢神宮内宮鳥居前から伸びる沿道800mの景観整備を目的として造られた職住一致の町である。地元の人たちがそこに住んでいるというプライドを持って、まちおこしのために投資をした非常に素晴らしい事例だ。お伊勢さんにお参りをしない人でも、そこへは行く。
 私が関係しているまちおこしの事例を紹介したい。
 奈良県の活性化プロジェクトは、市内の県庁、裁判所などの公共施設の移転と再配置をするという知事が提唱した計画で、奈良公園を宗教・文化空間として再生するというコンセプトだ。
 東日本大震災の大津波で大きな被害が出た岩手県陸前高田市では、林業の未来と気仙大工の技を継承する取り組みにも関わっている。市民の人たちは、5年後の陸前高田が復興して誇りを持てるまちになるよう、取り組んでいる。
静岡では、徳川家康公没後400年祭(2015年)を期に、静岡市商工会議所が中心になって「徳川みらい学会」を立ち上げ、「パックストクガワーナ(徳川の平和)」の再認識と、持続的な啓蒙を行うとともに、静岡市歴史文化博物館設立構想を推進しており、その活動に関与している。また、福島県耶麻郡磐梯町の「史跡慧日寺跡整備復元事業」と、地場産業育成の取り組みにも関わっている。人口はわずか5,500人の町だが、子どもの教育と観光と文化に力を注いている。

◆おわりに

 東京藝術大学大学院文化財保存学では、3Dを使って仏像の保存修復などを行っている。この分野ではどこにも負けない技術を持っている。堺市博物館の展示を変えていく中で、このような技術が必要であれば協力できると思う。ご清聴ありがとうございました。

意見交換

広報部長

 博物館では仏像を展示ケースにいれて背面が塞がっていることが多いが、メトロポリタンのように立体彫刻などが前後左右すべてを観ることができるほうが楽しい。新しい展示の手法などについて教えていただければと思う。

籔内名誉大使

 世界中の博物館では展示がどんどん変わってきている。日本でも、東京国立博物館をはじめ「露出展示」が増えている。ただ、現在も信仰の対象になっている仏像などでは、難しい部分もある。それで、コンピュータグラフィックが有効になる。

副館長

 昨年「やまとぢから」展を堺市博物館でやっていただいたときに、静的な展示だけでなく、平成伎楽団の公演など動的なものも取り入れた斬新な展示を見せていただいて、我々も本当に大きな刺激を受けた。また、空間を利用した演出、照明の当て方も含めて、いろいろな手法を教えていただけた。さらにご指導いただけることがあればお教えいただければ。

籔内名誉大使

 堺市博物館で展示をさせていただいたが、正直、ちょっと使いにくさを感じた。まず、施設が古い。新築は無理としても、もう少し改築が必要だろう。美術展示をする場合はギャラリースペースが別に必要だ。お金をはらってでも来たくなるような展示ができるようなスペースがほしい。大人が「自腹を切って」、お金を出して来たくなるようなワクワクドキドキする博物館であってほしい。

竹山市長

 昨日の蓑豊さんの講演では、「子どもを連れてこなければだめだ」と言われた。

籔内名誉大使

 蓑さんの言葉は、「親が子どもを連れて行きたくなる博物館」という意味だろう。子どもにおもねるだけではダメだ。大人が楽しめることが大事だ。さらに言うと、博物館には「ゆるきゃら」はいらないと思う(笑)。メトロポリタンなど海外の著名な美術館・博物館にはいない。

竹山市長

 堺市博物館には、伸庵と黄梅庵という二つの茶室があるが、博物館とうまくドッキングされていない。さらには、館の前庭もうまく博物館とドッキングさせて活用しないと集客力がつかないと思っている。どのようにすれば、それらを一体として人を惹きつけることができるだろうか。

籔内名誉大使

 千利休が堺に生まれて、茶の湯にお金をつぎ込んでいったのは堺の商人だった。「茶の湯は日本の中世以降の文化の方向性を決定づけたすごい文化であり、それが堺から発信された」という事実を、館としてもっともっと発信していく事業を実施していってほしい。

籔内名誉大使

 自分たちのまちを自分たちの力でつくっていくという気持ちが育ってほしい。長野の善光寺参道では景観規制が進んでいるが、商店街の人たちは自分たちでルールを決めて守っていっている。商店街はとても結束が強い。

報告事項

閉会の挨拶

籔内名誉大使

 どうぞ、トップダウンで進めていっていただくことを期待している。

竹山市長

 メトロポリタン美術館に行かせていただいて、美味しい食事もいただいた。トップシェフがいらっしゃるレストランだった。その方が堺の包丁を使ってくれていた。堺の包丁も素晴らしいと思った。一流の人に一流のものを使っていただいている。
 美味しいものも食べられて、お土産も買えて、素晴らしいものが観られる、この3拍子が観光の要素だと思っている。ぜひ、「博物館へ行ったら、サカイタケルくんのお土産が買えるんや」といっていただけるようなことも考えなければならない。籔内先生のお力を得て、堺の博物館ならではのグッズを販売していきたい。

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〒590-0802 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内 堺市博物館

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