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堺市
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平成27年度 第1回 堺市博物館活性化戦略会議

更新日:2015年8月11日

日時

平成27年4月27日(月曜) 午後3時30分から

場所

堺市博物館 地階 博物館ホール

会議録

ミュージアムディレクター(市長)挨拶

竹山市長

 ミュージアムディレクターとして二年目を迎える。ミュージアムディレクターに就任した思いは、この堺市博物館をもっとインタラクティブで、ワイワイ楽しみながら子どもたちから大人までがやってくる「交流の場」にしたいと思ったからだ。博物館は、やはり、まず集客、たくさんの方に来館していただくことが大事なので、堺の小学生、中学生には無料で見ていただけるようにして、子どもの頃から博物館への認識を深めてもらおうとしている。とりわけ、堺の「シビックプライド」というものを大事にしたいし、子どものときから育んでいってほしいと思っている。そのためには、トップである市長が指示しなければできない取り組みがあると思ったので、昨年4月から暫定的に就任した。平成26年度の博物館の入場者数が平成25年度と比べて1.7倍の約14万人になったことは、一定の成果があったのではないかと思っている。
 今年は堺にとって大事な年である。3月には、須藤館長にも見学していただいた文化観光の拠点「さかい利晶の杜」がオープンした。この夏には、仁徳天皇陵古墳をはじめとする百舌鳥古墳群の世界文化遺産登録国内推薦をいただくため、現在、全市的な取り組みをしている。このような中で、今年度も、引き続きこの博物館活性化戦略会議を実施し、いろいろな取り組みを通じて、堺から博物館や文化の動きを発信していきたい。このような取り組みは、文化の部局だけではなく、公園や産業の部局とも連携してやっていかなければならないということで、会議にも各部長に参加してもらっている。
 そういう意味で、本日は、須藤館長の文化人類学や博物館運営に関する識見を私たちにご示唆いただければと考えている。ぜひ「堺市の博物館はどうあるべきか」「堺の歴史や文化はどう発信すべきか」「堺の、そして、関西の歴史文化をどのように発信していくか」について、須藤館長と活発な意見交換をしていきたいので、よろしくお願いしたい。

案件

須藤館長

 今の竹山市長のお話をお伺いして、市長自らがミュージアムディレクターとして、「堺の人々の文化に対する誇りをいかに高めるのか」という課題に対して先頭に立って実践されていることがよく分かった。そこまで市長が走ってくださることは、市の部局全体が壁をつくらずに、その力を結集していこうとしていることを物語っていると思う。
平成25年度は8万人台だった入館者が、市長がミュージアムディレクターに就任した26年度には14万人にもなったことは、これは非常に凄い力になっていると思う。「さかい利晶の杜」も目標の20万人を超えて60万人くらいは行くのではないかと伺った。どこかの市長とは違い、「文化は人間の生存にとって大事だ」ということを見抜いておられる。そういう市長さんがいるので、みなさんはやりやすいと思う。
 「博物館」に対するイメージ、固定観念のようなものが日本人から消えていないので、「みんぱく」(国立民族学博物館・民博)もいろいろと苦労をしながらやっている。今の時代に博物館は何をすれば良いのかについて、私たちが今やっていることを中心にみなさんにお示しするので、参考にしていただければ思う。

<1.調査研究・収集・展示>

◆民博の現況

 博物館は、ただ単に物を収集して、整理、展示し、教育活動を行うだけではない。もっと多くのことができるということを今日は提案していきたい。
 民博は学芸員のいない博物館で、現在、研究者など53人のスタッフを擁する国際的な文化人類学の研究所だ。毎年、国内外から1,000人から1,500人の研究者を招聘して共同研究などを行い、その成果を発信している。これがひとつの大きなミッション、使命である。それから「文化資源」と私が呼んでいる民族資料や映像資料、文献図書など100万点を超すものを、1974年の開設以来わずか40年間で集めることができた。「世界の美術館、博物館、大学、研究施設を見ても、第2次世界大戦後に、これほど大量の資料を集めた例はない」と、海外の博物館長から褒められたほどだ。民族資料35万点のうち、展示しているのは1万2,000点ほどなので、残りの資料は収蔵庫で展示されるのを待っているという状態だ。その課題を何とかしたいと考えて、オンラインによるバーチャルミュージアムで発信するシステムを現在つくっているところだ。
 民博は建築家の黒川紀章が設計した建物で、現在「38歳」。堺市博物館が「35歳」だから「3歳年上」となる。建物のコンセプトは「メタボ」、すなわち収蔵品がいっぱいになったら増殖していく、グリッドを増やしていくという考え方だ。はじめは、4つのグリッドだったものを随時増やして、7グリッドにしてきた。

◆文化人類学の原点、フィールドワーク

 文化人類学という学問は、フィールドワークが原点である。自分が研究したい社会に入り込んで、最低一年間は、現地の人々と一緒に生活しながら、五感で感じたものを日本の文化との比較をしたり共通点を見出したりしながら研究していく。1978年、私が青年時代に、ミクロネシアの小さな島に入り、一昼夜ないし二昼夜、カヌーで航海するという体験をした。また、1993年から3年間ほど、南太平洋のトンガに行ったときには、食生活や宗教の研究をした。このときに、豚の丸焼きの仕方を叩き込まれた。3~4時間豚を回さなければならないし、全体が飴色になるよう焼かないといけないという難しい調理方法だ。大事な聖餐のさいに祭壇にお供えするために必要な技術である。

◆海外の研究者との共同研究やシンポジウム・講演会の開催

 研究した成果は、海外の研究者と「他流試合」をしながら発表していく。そのためには個人参加ではなく、組織として連携している。例えば、中国北京にある中国社会科学院とは、5年間の共同研究の協定を結んで、交互にシンポジウムや研究発表会を開催した。また、手話学と音声学について、民博が拠点になって研究を進めており、国際的な学会を開催するとともに、年に2回、大きなシンポジウムを開いている。さらに、海外の研究者を招いて、一般の方を対象にした国際的な講演会も開くなど、自分たちの研究成果をできるだけ社会に還元している。

◆収集・保存・展示

 民族資料が35万点あると申し上げたが、世界の110カ国から取集してきた。映像音響資料の収集も50カ国くらいで行ってきた。40年をかけて、これだけ多くの国々と関係を持つことができた。民博では10分から20分のビデオテークという映像装置で見る番組を約700点用意している。館に来た方々は展示場をご覧になって、関心のある展示品の関連映像を自分で選んで鑑賞できるようになっている。「さかい利晶の杜」には、12分の利休さんの映像があった。15分を超える映像はあまり見ていただけないので、10分から15分でまとめてあり適切だろう。文献図書資料は66万点もある。
 展示については、資料を収集して研究した成果をどのように展示するかが大切だ。常設展のイントロでは、世界各国のお棺を集めて展示した。BMWやコンコルドのお棺、ビールのお棺もある。亡くなった人が生前に乗りたかったものや食べたかったもの、大好きだったものを遺族の方がお棺とした。ガーナのお棺やオーストラリアの原住民であるアボリジニの骨を入れるお墓なども展示している。イントロでは、いろいろな文化を展示して、「似ているの」「どこが違うの」ということを考えながら見てもらおうと企画したもので、これは常設展全体の展示コンセプトでもある。私が調査したミクロネシアのカヌーも展示している。1975年の沖縄海洋博のときに、約3,000キロ離れたミクロネシアの島から沖縄まで航海してきたカヌーだ。天皇皇后両陛下が4月9日に慰霊に行かれたパラオから約1,000キロ東にある赤道直下の島だ。今でも800キロ北にあるサイパンまでは航海している。
 常設展は、人々の文化や生活、衣食住から世界観まで全てを表現する地域別の展示である。ヨーロッパのパンを展示しているが、ヨーロッパの博物館では、自分たちが普段から食べているものを展示するという発想はないので、ヨーロッパからきた人たちは展示を見てびっくりする。一個数万円かけて作った模型だ。中国の56の民族の民族衣装を展示しながら、中国の人たちの生活や中国文化の多様性を表現している。インドのヒンドゥー教の神様も展示している。おどろおどろしくない可愛い神様もいてお祀りしているという。神々の世界においてもイメージを多様に表現する民族の知恵というものを展示している。
 企画展は、年間3回から4回、2カ月くらいの期間で開催している。去年の秋に開催したグリーンランドの企画展では、セイウチの牙であるとかクジラの歯などで作られた護符も展示した。亡くなった高円宮憲仁親王のコレクションも本邦初公開として展示した。久子妃殿下にはたいそう喜んでもらえ、開会式に参列してくださった。サントリーがグリーンランドの関西での領事を引き受けているので、鳥井信吾副社長もオープンのときには来てくださった。デンマークの駐日大使も参加してくださった。
 展示と関連のあるパフォーマンスも行っている。アフリカの企画展をしたときには、ブルキナファソという西アフリカの国のバラフォンという木琴とジンベという太鼓を演奏する世界的にも有名なグループと私の故郷である佐渡島の鬼太鼓(おんでこ)の和太鼓がコラボする演奏公演を開催した。モンゴルの企画展のときには、フォーミーという咽歌(のどうた。モンゴルの伝統的な歌唱)の公演も開催した。このような展示公演も年に3~4回開いている。
 入館者は、一昨年に、36年間で一千万人を達成した。開館当初は50万人から60万人が来てくれていたが、私が館長になった6年前は年間15万人だった。現在は20万人に達している。万博公園は「陸の孤島」のようで、なかなか人が来てくれない。

<2.博物館と美術館>

◆文化人類学と西洋美術史

 次に、博物館と美術館とはどのように違うのか、これについてみなさんと一緒に考えていきたい。フランスのパリ、セーヌ川沿いにケ・.ブランリー博物館が2006年にできたが、ここではニューギニアやアフリカの美しい仮面だけを集めて展示したり、オセアニアのバヌアツの太鼓を展示したりしている。民博のように、一つの社会の衣食住から神像まであらゆるものを展示するやり方から、美術的な展示へとヨーロッパの博物館は変わりつつある。アメリカのメトロポリタン美術館でもそうだ。
 展示品をつくったのは普通の人だが、美術館に置かれると美術品になり、博物館に置かれると「器物」になる。「この差は一体何なのか?」ということだ。そこで、民博の展示物を2007年にオープンした東京の国立新美術館で展示することにした。博物館と美術館の壁を破ってしまおうという試みを去年行った。新美術館は天井がものすごく高い。堺市博物館も天井が高いのでいいと思うのは、圧迫感がないし大きなものも展示できるからだ。その新美術館に民博が選んだ600点あまりの仮面や神像などを地域や民族や文化の違いに関係なく一堂に展示した。入館者に先入観なしに見て感じてもらおうということだ。
 民博の民族資料は手の込んだものが多いが、無名の人がつくったものだ。これをなぜ美術館で展示しないで博物館でしか展示しないのだろうか。1900年前後ごろに、ピカソをはじめヨーロッパの印象派の画家たちは、新しい絵画を生み出すためにアフリカのアートに注目した。アフリカやオセアニアにある普通の仮面や像からヒントを得て新しい作品をつくっていった。マチスやゴッホ、ゴーギャンもそうだった。ピカソは「アフリカの美術はミロのビーナスよりも美しい」とまで言っていた。コンゴのクバ族は成人儀礼で使う仮面を作り、儀式が終わったら捨てる。ピカソはその仮面からヒントを得て絵画「帽子をかぶった女」を描いた。モディリアニは、コートジボアールのグという名前のお葬式の時に使う仮面からヒントを得て「黒い瞳の女」という絵画を描いた。

◆アーティファクト(器物)とアート(作品)

 アフリカの像はアーティファクト、器物でしかない。ところがヨーロッパの画家の絵画はアートになる。この違いは何なのか。結局は、博物館で展示するものは器物で、美術館で展示するものはアートとなるという違いしかない。先ほどお話した東京の展覧会は、この壁を破るトライをして、「美とは何か」を理解してもらうということが目標だった。

<3.社会貢献>

◆国際博物館学研修コースを実施

 さて、博物館はどのような社会貢献をすればいいのかについてお話してみたい。民博は、1994年から21年間、毎年、開発途上国の博物館から学芸員を10人程度招いて、本館が持っている博物館に関する知識や手法を、3カ月から4カ月かけて教えている。そして、彼らは帰国して自分たちの博物館の改善に努力していく。展示の方法だけではなく、データベースの作り方を学んだり、逆に研修を受ける学芸員に自分の国の文化遺産をどのように保存していくかについてレポートを発表してもらったりする。宮城や岩手にも研修に行き、震災の津波に浸かってしまった紙を再生する方法を現地で学ぶということも行った。JICAの支援を受けているもので、今年も実施する。
 このように、みなさんが持っている知識をいかに海外に伝えて社会貢献するという仕組みを考えてはどうか。この研修の修了生は210人ほどいて、それぞれの現地でがんばっている。私たちは、この3年間で現地を回って、アドバイスする研修のアフターフォローも行った。モンゴル、ミャンマー、そして昨年はタイに行った。

◆東日本大震災への支援

 それから、大震災などの災害が起こった時に、博物館としてどのようなサポートができるかということだ。民博では、これまでも佐用町の水害であるとか能登や中越の地震などでも支援活動を行ってきた。東日本大震災では「文化財レスキュー」を実施した。岩手、宮城の現地の資料館で、傷んだものを修復する作業を行った。被災した民俗資料に応急措置を施し、リスト・記録を作成し、修復作業を行っていくだけではなく、将来起こる災害に対して防備することも考えていくというものだ。今回は、津波にあって塩分を含んだ資料を脱塩する作業を民博で行ったりもした。
 また、被災地の伝統芸能を復興するということもお手伝いした。釜石市のある村の獅子頭を復旧した。復旧したものは民博でも企画展という形でも展示した。お礼の神楽を民博で披露していただいた。彼らが民博で伝統芸能を披露することで、関西に避難してきている人たちに対する故郷からのメッセージにもなった。伝統芸能は、その土地の人々を一体化させることができるのだということを感じた。
 大船渡市の笹崎町には鹿の角で踊る「鹿(しし)踊り」という有名な伝統芸能があるが、津波で衣装や鹿の角の頭飾りなど全部が流されてしまった。そこで本館が鹿の角を集めるために動いた。衣装も復元して1年後には10体のセットが出来上がった。「津波で全部流された時には、もうだめだと思ったが、『みんぱく』が助けてくれたお蔭で復旧することができた。その最初のお披露目は、お礼も兼ねて、ぜひ『みんぱく』でやらせてほしい」と言っていただいた。2012年6月に本館の講堂で勇壮な踊りが舞われた。
 昨年は、福島県からお盆の供養の時に踊る「じゃんがら念仏踊り」を呼んだ。こちらに避難している福島県の方はたくさんいらっしゃるので、その方々は踊りを見て、「よくやってくれた」と涙を流して喜んでくださった。復旧だけではなく、「芸能を通して心を一つにする」という役割を果たせたと思う。
 この東日本大震災の記憶を留めるために、現在は、常設展で被災地で復元したものや作業の様子などを展示している。

<4フォーラム型情報博物館>

◆博物館は、文化資源の管理者であるが最終所有者ではない

 ここでは、民博が持っている民族資料35万点のうち、展示しているのは1万2,000点ほどなので、後をどうするのかということについてお話しする。
 その答えは、一言でいえば、「フォーラム型情報ミュージアム」を作るということだ。博物館は文化資源を管理しているだけであって、最終所有者ではない。文化資源はみんなのもの、市町村や国だけではなく世界みんなのものであると考え、それを多くの人々に使ってもらうために「バーチャルな博物館を作りましょう」と計画している。民博は世界中から資料を集めてきているので、それは現地の人のものでもあるし世界中の人々のものでもあるという発想をしている。

◆フォーラム型情報博物館として、所蔵品の共同利用と情報の共有へ

 私が館長になった2009年から、現地の博物館の館長を民博へお招きして、ここにあるものが本物かどうか、資料に関する情報が間違っているかいないか、詳細にチェックしてもらっている。これまで、アメリカのグランドキャニオン周辺に住んでいるズニーやホビーという先住民の博物館の館長などに来てもらった。チェックを受けた資料は、写真撮影して、世界に向けてオンライン公開していくシステムのプラットホームを作っていっている。つまり、「フォーラム型情報ミュージアム」として、本来の所有者・製作社会と資料の共用や情報の共有をすすめるということだ。
 民博と世界中の現地博物館や現地社会と連携を取って、現地の人々をこちらによんだりこちらのスタッフが現地に行ったりして、コミュニケーションを持ちながら、我々が持っている民族資料の情報をより詳しくより的確にしていくことを続けている。現地で説明してくれている様子も映像に撮って、その映像は現地にお返しもしている。そして、民族資料や映像資料について、的確なデータベースをつくり、これを日・英そして現地語に翻訳することで多言語化し、著作権や肖像権、現地社会での秘儀的な知識などの課題をクリアして、デジタル化したものをオンライン上に公開していきたい。誰でもどこからでも利用できるようなオープンなものにすれば、世界中の大学や研究者をはじめ、それを見た人たちが、さらに情報を書き加えていけるので、そのようにお互いに情報を膨らませていける仕組みを考えながら進めている。
 昨年10月には、このような目的でもって世界的なワークショップを開催した。

<おわりに>
◆博物館は、地域の歴史や伝統を記憶していくための装置

 冒頭で市長もおっしゃったように、博物館は歴史や伝統を記憶する装置であり、それは常設展示などの展示で表現していくが、それだけではなく、市民が集い楽しめるビジターセンターでもある。さらに、ワークショップなどを通して、堺の市民が新たに文化をつくっていく装置としても機能しなければならない。堺の市民が堺を「発見」し文化に誇りを持ち、新しい文化をつくろうとするグループが生まれるように仕掛けをつくっていっていただきたい。

◆堺市博物館と民博のコラボを

 堺市博物館と民博のコラボはいろいろなことができると思う。民博のコレクションを堺市博物館で企画展を我々のスタッフも協力して実施するということだ。これは現に実施しているので、今後とも定期的に続けていきたい。民博としても大きな利益になる。堺市博物館が民博のエクステンションセンターの役割を果たしてくださる、とりわけ、大阪の南部の方々が民博への関心を高めてくださるからである。
 さらに、民博には、世界の民族映像や民族音楽の資料が数多くある。これらを活用していただき「映像と音楽の夕べ」などの企画の実施にも協力できる。
 最後に、民博では、国内外から民族芸能に関わるパフォーマンスのグループを数多く呼んでいるので、この公演を共同で開催することもできるだろう。そうすればグループも披露の機会が増え、堺の市民の方々も鑑賞の機会が増える。
 以上、いま私たち民博がやっていること、考えていること、堺市博物館とこれから一緒にできることをお話しさせていただいた。

意見交換

竹山市長

 文化創造装置という役割は重要だと思った。この館で市民文化をどう育てていくかということが大きな課題だと思う。こうした取り組みにはマンパワーという課題もあると思うが、民博ではどのような形でされているかを教えていただきたい。

須藤館長

 民博では、教員たちは研究者と言う意識が強く、なかなか市民と一緒に取り組むということはできないが、織物や染めの専門家は市民向けのワークショップを開いてくれている。また、民博にはボランティアの組織として「みんぱくミュージアムパートナーズ」(MMP)という150人ほどの組織がある。民博と対等な関係で、主体的に事業を行ってくれる。ただ、本館の性格上、世界の民族文化に触れることはできるが、日本各地の文化をつくるということはできていない。堺市博物館の場合は、そこに直接関わることができるが、学芸員としては展示や研究で手いっぱいではないだろうか。もう少し人的な余裕があれば、市内のフィールドワークなど、館の外へ出ていくこともできるだろう。

竹山市長

 堺東高校では、注染・和ざらしの伝統技術やデザインを勉強する授業をしている。若い人に堺にある昔からの技を学んでもらうことは大事だと思う。堺工科高校では、線香づくりや刃物づくりもしている。若い人に対して、こういうことをし続けていかなければいけないと思う。地場産業の人たちも協力してくれている。

須藤館長

 博物館でやってもおかしくない取り組みだが、高校で実施することはいいことだと思う。刃物など堺の伝統的な技術を高校生が学んでいることは大事だと思う。

竹山市長

 そういうことに取り組んでくれている教員や職人は貴重な存在だ。

副館長

 堺も、ユネスコの無形遺産研究センターが来てから、「無形遺産理解セミナー」という事業を開催しているが、セミナーでは、できる限りワークショップという形を取り入れるようにして、日本の伝統的な技術もテーマにして、職人にも来てもらい実際に仕事を見て体験するという取り組みも始めている。市長がおっしゃったように、ただ展示するだけではない試みを博物館としても挑戦している。

竹山市長

 放っておいたら滅んでいく。堺緞通がそうだ。

須藤館長

 あらゆる日本の手仕事というか職人の仕事が急速に滅んでいこうとしている。堺の刃物はまだまだ健在だと思うが。

商工労働部長

 市では、今年度から若手の職人を育てる道場をつくる。ただ、職人によって、やり方が少しずつ違うので、学校形式で教えるのはなかなか難しい。デジタルアーカイブ、映像で技能を保存しなければならないが、これをどう進めていくかがひとつの課題だ。さらに、今のご時勢では、弟子を取ったり住み込みで働かせたりすることが非常に少なくなっている。若い人たちに技能をどうやって伝えていくかを考えないといけない。

須藤館長

 無形文化遺産を次世代に継承していくには、「映像化する」ことがまず不可欠だ。そして、その技能に対するお話も徹底的に聞き出して映像とともに記録して残すことだ。それが「生きた資料」になる。

商工労働部長

 我々行政職員としては、セッティングはできるのだが、それなりの知識を持った人にコーディネートしていただかなければならない。

須藤館長

 その通りだと思う。撮影するにしてもそれなりの知識がいる。

竹山市長

 造園というか植木職人の世界でもなかなか後継者が育ちにくいのではないか。日本の庭園を造れるような職人が少なくなってきているように思う。

須藤館長

 大仙公園は綺麗に整備されていると思う。

竹山市長

 確かにちゃんと管理していることは大事なことだ。そり以上にプラスアルファの価値を生み出していくのは、なかなか難しくなってきている。堺では、日本庭園くらいか。

公園緑地部長

 日本庭園は整備に力をかけている。

狭間副市長

 金沢では、「職人大学」というものを行政がつくって、金箔の技術などを絶やさないために取り組んでいる。

文化観光局長(博物館長)

 行政が後継者づくりに関わっている。動機づけにはなる。

狭間副市長

 本当の入門編なので、それからどこかで職をえてからでないと職人にはなれないだろう。堺も、今年度から、そのような動機づけの取り組みをやろうとしている。

商工労働部長

 試験的に実施していく。業界も一生懸命に関わっていただければと思う。

竹山市長

 そのような地場産業に対する支援は、どこがやるべきなのかな、本当に市町村だけの役割なのかな、とは感じている。業界と業界のつなぎや地域を超えた地場産業のつなぎ、お互いの切磋琢磨になる産地間連携などは、広域連合などの役割ではないかと思っている。先日の関西広域連合の会議の場でも、そのような発言をしてきた。小さい市町村だけやっていてもうまくいかないことがあるだろう。もちろん、堺でも、堺だけではできないことがある。例えば、刃物ならば堺と高知とは類似性があって連携しあえることも考えられる。

文化観光局長(博物館長)

 お互いに補完しあったり人材交流が求められている。

副館長

 民博の吉本先生には、緞通に関していろいろと教授していただいている。先生からは「堺緞通は業としては今は廃れているが、鍋島では、今も業としてやっているので、そういう所と交流してみてはどうか」というようなアドバイスもいただいている。市長がおっしゃるような広域的な仕組みがあれば、伝統技能を保護し、継承していく大きなネットワークができるように思う。

竹山市長

 日本の文化やものづくりを保存することは、国の役割でもあるのではないだろうか。

須藤館長

 そうだと思う。文化庁にもう少し予算が潤沢にあればいいと思うのだが。

文化観光局長(博物館長)

 堺市博物館では、昨年度に、文化庁と連携して、「日本のわざと美展」を開催した。

竹山市長 例えば、民間企業がそういう面に力を入れようとしたら税金面などで助けてあげるなどの仕掛けが必要なのかなと思う。

狭間副市長

 直接の支援ではなくても税金面での手助けは企業としても助かるだろう。

狭間副市長

 「MMP」と呼ばれるボランティア組織は、博物館によくある「友の会」などとは違って、民博と対等の関係だとおっしゃられたのがとても面白いと思った。単に見に来る人というのではなくて、主催者側に立ってもらうことができる。

須藤館長

 その通りで、民博にあるものを使っていくかをともに考えてもらうという発想だ。活動する部屋も用意している。コピー機や必要な機材も自由に使ってもらっている。3~4の班に分かれて活動している。中でも、点字に対する取り組みは、来る人たちにとても喜ばれている。

竹山市長

 手話学や音声学は、なぜ民博で力を入れて取り組んでおられるのか。

須藤館長

 民博以外に力を入れているところがないからだ。大学ではできないだろう。言語学の先生で、「国ごと国の地域ごとに手話が違うのはいけない」ということで熱心に取り組んでいる方がいたことが大きい。手話も人間の表現方法だから研究対象であり、笹川さんの日本財団が世界規模で助成をされてきて、世界の拠点になっていだだきたいということで、民博に対しても毎年多額の助成をしてくれている。

竹山市長

 学際的な取り組みをしていただいているということになる。

報告事項

1)堺市博物館・みはら歴史博物館 平成26年度の入館者数について

2)その他 堺市博物館における3Dプロジェクションマッピングの実施について  

竹山市長
 「さかい利晶の杜」の入館者を博物館にも引っ張ってこれるような仕掛けをしていこう。

副館長
 相乗効果がでるようにしたい。

須藤館長
 前年度比で1.7倍増を達成できた秘訣は何か。公立の博物館では驚きの伸びだ。

副館長
 まず、ミュージアムディレクターの市長の発案で、子どもたちの博物館ということに力を入れた。夏休みには同伴者も無料になるミュージアムパスを市内の小中学校に配布した。それから、市長記者会見で年間10回以上取り上げていただき、メディアへの露出が格段に多かったことがある。そして、百舌鳥古墳群シアターを開設したことも大きかった。

文化観光局長(博物館長)
 百舌鳥古墳群シアターを開設したことで、仁徳天皇陵の拝所まで来られる人は以前から多かったが、その人たちが、道を挟んである堺市博物館まで来てくださるようになった。

竹山市長
 今年はもっと目標をあげていくな。

文化観光局長(博物館長)
 それについては、また事務方で戦略を練ってから議論していただくようにさせていただきたいと思っている。

ミュージアムディレクター(市長)挨拶

竹山市長
 市町村レベルの博物館に期待されている役割と国レベルの博物館に期待されている役割は若干違うとは思うが、共通していることもたくさんあると思う。館に来られたみんながワクワク、ドギドキしながら歴史や文化や貴重な文化財とふれあうことは同じだと思う。お話を聞いてみて、より一層そう思った。学際的な取り組みが大事なことだということも感じた。公にしか取り組めないものをカバーしていくことも大事だということをご示唆いただいたと思う。本当にありがとうございました。

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文化観光局 博物館 学芸課
電話:072-245-6201 ファックス:072-245-6263
〒590-0802 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 大仙公園内 堺市博物館

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